第125話 再来 ~修治 1~

 麻乃たちが去った岩場で、高田は大きなため息をつき、海へ目を向けている。

 敵艦が少しずつ近づいてくる。


「先生、このあとはどうされますか? 道場へ戻りますか?」


 修治は高田のそばへ歩み寄ってたずねた。


「うむ、本当なら戻らなければならないのだろうが……修治、戦場が見えるいい場所はないか? 不謹慎だが、麻乃の戦いぶりを見てみたいと思うのだが」


「そう言うだろうと思っていました」


 苦笑して答えると、高田とともに車に乗り、堤防にほど近い場所の岩場まで移動した。


「ここなら高台ですから敵兵からも見え難いし、戦場も見渡せます」


 大きめの岩かげから海岸を見おろしたちょうどそのとき、敵艦から兵が砂浜に雪崩れ込み、麻乃と巧の部隊が堤防を駆けおりた。


「青いのは麻乃の部隊か? あれはまた、ずいぶんと懐かしい姿だな」


「麻乃が最近、良くまとっているのは知っていましたが、部隊全員というのは初めて見ましたよ」


「あれは私がまだ現役だったころ、戦士たちが好んで着ていたのと同じものだろう。隆紀と麻美も着ていたな」


 高田が懐かしそうに目を細めた。

 麻乃があれを着て現れたとき、なにか懐かしい気がしたのは、麻乃の母親を思い出したからか。

 戦場の混乱の中でも、濃紺に赤茶の髪が映えてすぐに麻乃だとわかる。


「思ったよりも良く動くな。この部隊では初陣だったか?」


「はい。ほとんどが新人ですが、連携もしっかり取れているようですね」


 問いかけに答えてから、修治は再度、砂浜全体を見回した。


「俺もこうやってみるのは初めてですが……それにしても……」


 全体が見渡せるからか、なにかおかしいと気づいた。

 敵兵がやけに麻乃の周囲に集まっているように見える。


「先生……」


「ああ、どうやら狙われているな」


 敵艦に目を向けてハッとした。赤髪の女がいる。

 高田の腕にふれ、指をさした。


「あれを見てください」


 修治の指したほうへ目を向けた高田は、驚きもせず感心したように大きくうなずいた。


「ほう、偽物が現れるとはな。なかなか面白い真似をしてくれるじゃあないか」


「偽物と思われますか? 諜報の情報では自ら鬼神を名乗っていると言いますが」


「なんだ、おまえはあれが本物だと思うか?」


 そう問われて考え込んだ。

 いくら考えてみても、本物か偽物かの区別など、どうつけたらいいのかわからない。


「あれが本物なら、あんなところでぼんやり突っ立ってなどいられない。先陣きって戦場へ飛び出すだろう。血がそうさせるのだよ」


「麻乃のように、ですか?」


「そうだ。どこから漏れたのか、以前おまえが言ったとおり、大陸に鬼神の情報が流れたようだな」


 やっぱり、あのときの諜報のやつか。

 けれど、姿を似せて名乗りをあげたからと言って、なんの得になると言うのか。

 麻乃を手に入れようというのなら、偽物の存在は必要ないだろう。


「む……少しばかりまずいようだな」


 高田の言葉に戦場を見た。

 麻乃は群がっていた敵兵から抜け出していて、新たな隊と打ち合っている。

 その動きが妙に鈍い。

 思わず立ちあがり、修治は月影の柄を握り締めた。


「――しばらく離れます」


「間に合うか?」


「間に合わせてみせます」


 高田がうなずいたのと同時に、修治は岩場を飛びおりた。

 戦場まではまだ距離がある。砂浜に降り立つと、全力で走った。


 喧騒がだんだんと近づいてくる。

 麻乃のいる場所へ向かって、混乱の中へ飛び込んだ。


 巧の部隊のものたちは経験が多いぶん、見ていても問題はなさそうだ。

 戦場を走りながら、時折、気押され気味になっている麻乃の隊の新人たちをかばった。

 敵兵が固まっている辺りに近づく。


「シュウちゃん!」


 同じ場所を目指して駆けてきた巧とかち合った。


「麻乃が――」


「見ていた。俺が向かう。あんたは隊員たちと周囲の敵を散らしてくれ!」


 巧はすぐさま敵兵の集団に斬りつけた。

 倒れ伏していく隙間から、少し離れた場所に麻乃の姿が確認できる。

 あとを巧に任せて突き進む。


 麻乃はひどく動揺しているように見える。

 敵兵を斬り倒した瞬間、夜光を落とし立ちすくみ、悲鳴を上げるとそのまま倒れた。


(なんだ! なにがあった!)


 倒れた麻乃に近づいた男が剣を振りあげ、戦艦を一度振り返っている。

 思い切り踏み込んで駆け寄った。


 男が間を置かなければ間に合わなかっただろう。

 修治は麻乃の前で片膝をつき、振りおろされた剣を辛うじて受けた。

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