第117話 暴挙 ~徳丸 2~

「やっちまったのは、あの辺りの地主の息子だって言うじゃねぇか」


「あのクソ親子……」


「絡まれた姐さんたちを助けるのは悪いことじゃねぇ。だからってな、抜刀はやり過ぎだ。幸い大きな怪我はなかったから良かったものの、刀傷でも負わせていたら大ごとになったぞ」


 忌々しそうにつぶやく麻乃の様子をみながら、徳丸は諭すように話した。

 麻乃はしかめっ面のままだ。


「おクマが止めに入らなかったら、おまえ、斬りつけていたんじゃねぇのか?」


「あそこは親子揃って酒癖が悪すぎる。偉ぶってやがって、周りの連中もなにも言えやしない。だから締めてやったんだ。あれだけやられた以上、あたしが西区にいるかぎりは二度と同じ真似はできないさ」


 そのときのことを思い出して怒りがわいたのか、麻乃の瞳に赤みが差した気がした。


「みんなが迷惑するようなことが減るんだったら、出禁になるくらい、どうってことはない」


「それがいいことだとは思わないが、言いたいことはわかる。けどな、俺たちは戦士なんだ、一般人に刀を向けるのだけは感心しないな。それがどんなにくだらない野郎でも、だ」


 こんなことは言われるまでもなく、麻乃もわかっているだろうはずなのに。

 なんだって今度に限って、たかが一般人相手の揉めごとに抜刀したのかが、徳丸にはわからない。


「現に体術だけで十分相手を痛めつけてるじゃないか。いいか、もう二度と簡単に抜いたりするな」


 肩に置こうと手を伸ばした瞬間、麻乃は飛び退いてそれを避け、その姿に怯んで徳丸は手を引いた。


「どうした?」


「いや、なんでもない。驚かせてごめんなさい……」


 麻乃はバツが悪そうにつぶやくと、歩き出す。


「隊のやつらには、俺から話しを通しておくか?」

「ううん。うちの隊のことだからね、ちゃんと自分で説明するよ」

「そうか。おまえ、常任なんてことになって、気負い過ぎてるんじゃねぇだろうな?」

「そんなことはないよ」


 若干、苛立ち気味に返してくる。


「おまえ、一体ここでなにをする……いや、なにがしたいんだ?」


 前を歩いていた麻乃の足が止まった。

 数歩離れて徳丸も足を止めた。


「あたしはただ、ここの人たちを……この島を守りたいだけだよ」


 麻乃は速足で歩き出し、手綱を解いてまたがると、「寄るところがあるから」と言い残して、詰所とは逆に駆けていってしまった。


 徳丸は見送りながら飛び退いたときの麻乃の表情を思い出していた。

 反応の仕方が修治に対して向けたものと同じだったようだ。

 殺気こそ放っていなかったものの、様子がおかしいのは明らかだ。


 独り立ち云々なんてことや鴇汰とやり合ったことだけじゃなく、実はもっとほかに、なにかがあるんじゃないだろうか?


(あいつ……もしかすると俺たちを信用していないのかもしれない)


 漠然とそう感じた。

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