第115話 離反 ~鴇汰 3~

「聞きたいことは山ほどあるよ。その相手とはどこで知り合ってどんなつき合いなのか、とかね」


「それは……」


「言い出したらきりがないから詳しい話しはあとでいい。で、その女は鴇汰の彼女?」


「違う!」


「だったらなんだよ? 人目を避けて会わなきゃならないような……俺にすら話せないような相手と、一体どんな関係だっていうのか説明してくれないか」


 穂高の口調はいつもと変わらないけれど、その表情に怒りが見えた。

 逆の立場だったら、鴇汰も今の穂高と同じ顔をしただろう。


「――ったく、だから嫌だったんだ。あのオヤジめ!」


 額に当てた手で、鴇汰はそのまま髪を掻きあげた。


「あれは叔父貴だよ。穂高も知ってるだろ? 俺の叔父貴」


「そりゃあ、子どものころは良く会ったし、最近もお世話になったけど、俺の知ってる鴇汰の叔父さんは、どこからどう見ても男だった」


 嘘にもならない言い訳をしていると思ったのか、穂高の表情がさらに険しくなった。


「だからぁ、あれは叔父貴の式神なんだよ。叔父貴のやつ、人の来ないようなところで暮らしててさ、寂しくなったからって、自分好みの式神を作ってそばに置いてんだよ」


 鴇汰はグラスに新しく氷と梅酒を継ぎ足して、今度はゆっくり飲んだ。


「そんで、時々そいつを使って俺の様子を見に来るのよ。人に見られたら誤解されて俺が困る、って言ったら、結界張ってるから人に見られる心配はないなんて言ってやがったのに……しっかり見られてるんじゃねーか!」


 グラスをたたきつけるように、思い切りテーブルに置いた。


「それ、本当なんだろうね?」


「俺はな、おまえにだけは嘘をついたことねーぞ!」


 まだ疑わしげな目をしている穂高に、口調を荒げて答える。

 穂高はグラスを包んだ手をジッと見つめ、数分ほど考え込んでから口を開いた。


「うん。わかった。信じるよ」


 表情を緩めると、溶けた氷でだいぶ薄まった梅酒を口に含み、穂高が続ける。


「実はもし、その女が大陸の人間だったら諜報かもしれないって疑ってたんだよ。とりあえず違うとわかってホッとした。けどね……」


 途中まで言いかけて、言葉を探すように穂高は目を泳がせている。


「俺だってそんなに馬鹿じゃないって! そんな無防備に行動しねーよ。それより、その先はなんなんだよ?」


「うん……本当は見たのは俺じゃなくて岱胡なんだ。それから……麻乃にも見られてるぞ」


「えっ?」


 麻乃に見られていたと聞いて、鴇汰は心臓が止まるかと思った。


「岱胡の話しだと、あいつが蓮華になりたてのころ、南浜で麻乃と一緒に見たそうだよ。そのときにはもう、麻乃は知ってたようだったって。そのあとも何度か見かけたって言っていた」


 急速に体が冷えていくのがわかる。

 指先の感覚がなくなったような気がして、グラスを強く握った。


「なぜか、あの二人だけが見ているんだよね。俺やほかのみんなが全然知らなかったのは、麻乃が岱胡に口止めしていたからだそうだよ。鴇汰が隠してるみたいだから、ってね」


「なんでよりによって麻乃に……」


「彼女だと思っているんじゃないのかな。鴇汰の気持ちに答えなかったのも、そのせいじゃないかと思うんだけどね」


 そういえば柳堀で鴇汰が、彼女はいたことがないと言ったとき、麻乃は訝し気な顔で見返してきた。


「駄目だ……勘違いだと説明したくても、麻乃のやつ、俺の顔も見やしない。しかも修治にあんな態度を取るほど様子がおかしいのに謝るどころか話しもできねーよ」


「あの様子だと、無理になにかをしようとしても逆効果だろうしね。しばらくは落ち着くのを待ったほうがいいかもしれないな」


 酒瓶を揺すると、まだ半分ほど入っているのがわかる。

 そのまま口をつけて、鴇汰は一気に飲み干した。


「馬鹿! なにしてるんだよ? 全部飲んだらさすがに明日、キツイだろう!」


「穂高さ……ほかに男がいる女に、なんの関係もない女とのことで、ゴチャゴチャ言われたら、どう思うよ?」


「え……? そうだなぁ……理不尽さを感じると思うな。その女のことは信用できなくなるかも」


「だよな、俺はそういうことをしたんだよな」


 ドンと瓶を机に置いた。


「次の会議までに、どうしたらいいのか考えてみる。まずは話しができなきゃ、どうしようもないもんな」


「巧さんとトクさんが、交互に西に入っているから、様子を見てくれるって言うし、なにか聞けたら鴇汰にも伝えるよ」


「あぁ、ありがとうな。穂高、明日は南だろ? もう戻って寝とけよ。俺は平気だから」


 心配そうな目を向ける穂高に、鴇汰は笑ってみせた。

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