第114話 離反 ~鴇汰 2~

「寝てたかい?」


「いや。どうしたんだよ、こんな時間に」


 鴇汰は髪を掻き上げながら、少しかすれた声で聞いた。


「うん、まぁ……ちょっとね」


「入れよ」


 ため息をついて穂高をうながすと、ドアを閉めた。


「相変わらず片づいた部屋だね」


 ぐるりと部屋を見渡して、穂高が言う。


「悪いけど今、なにもねーのよ。コーヒーも切らしてるし」


「あぁ、いいんだ。これがある」


 穂高はかばんから酒瓶を出して、机に置いた。


「トクさんにもらったんだ。梅酒だから、少しくらい飲んだって明日に差し支えることもないだろう?」


 穂高が腰をおろすと、鴇汰はグラスと氷を出してきて、向かい側に腰かけた。

 濃い琥珀色で、ほのかに甘い香りが広がる。


 口をつけてみた。


 きっとおいしいんだろうけれど、今の鴇汰には味が良くわからない。


「明日からだけどさ、鴇汰、大丈夫かい?」


「……どうにかなるだろ。できるだけ修治には、近寄らないようにするしよ」


「そっか」


 穂高は一息でグラスを空にすると、自分のぶんを注ぎ、鴇汰のグラスにも少し継ぎ足した。


「そんなことをいうために来たのかよ」


 明日からの北詰所は修治とだから、気にかけてきてくれたんだろう。

 穂高らしいといえるけれど、こんな時間にたずねてくるほどのことだろうか?

 そう思うと、不自然な気がする。


「だって今日のあれを見たら、さすがに気になるだろう? あんな修治さん、初めて見たしね」


 鴇汰の予想通りの答えだ。


「あいつ、いつもはホントにスカした野郎だもんな。でもまぁ、向こうに行ったら敵襲でもないかぎりは、話すこともねーと思うから」


 昼間のことを思い出すと、苛立ちを感じるよりも胸が痛む。

 鴇汰は一口でグラスを空にすると、深く息をつき、継ぎ足してもう一度あおった。


「あのあと、麻乃を追って行ったんだろう? 話しはできたのか?」


 空いたグラスに継ぎ足してくれながら、穂高が問いかけてきた。


「いや、急ぎの用じゃないならまたにしてくれ、って、こっちの返事も聞かずにさっさと帰っちまったよ」


「そうか……」


 あまりアルコールに強くない穂高は、もう顔を赤くしている。

 揺らしていたグラスを置くと、両手で顔をこすり、よし、と言ってから、顔をあげて鴇汰を見た。


「鴇汰とはさ、子どものころからずっと一緒で、いろいろな話しをしたり、互いのすることを見てきたりしたけど、わからないんだよね」


「なにがだよ?」


「十年以上経った今でも、本当にまだ、変わらず麻乃のことが好きなのか?」


「なんだよ、突然。穂高、飲み過ぎなんじゃねーの?」


 酔っているのかと思って、新しいグラスに水をくんで穂高の前に置いた。


「ほかにもっといい人がいたりしないの?」


「いい人ねぇ……」


 穂高の視線があまりにも真っすぐに鴇汰に向いていて、真剣に話しているのを感じる。

 なにをいまさら疑問に思っているのか、鴇汰には見当もつかない。


「そりゃあ一時はさ、穂高も知ってるとおり散々遊んだよ。ほかに気持ちを向けようと思ったこともあった」


 手にしたグラスの中で、カラカラと氷が鳴る。

 少しペースが早い気もしたけれど、ぐいと飲んで、また注いだ。


「でも駄目なのよ。どうしても麻乃と比べちまって違うと認識するだけなんだよ」


「そうか……」


「どれだけほかの子に触れてみても抱いてみても、そのたびにそれが求める相手じゃないって気づかされるだけなんだ」


 穂高は黙って下を向いたまま、返事もしない。

 寝てしまったかと思って顔をのぞき見ると、目はちゃんと開いている。


「それに俺、言わなかったか? 気持ちを伝えた、って」


「聞いたよ」


「じゃあ、なんでいまさら、そんなことを聞くのよ」


「ちゃんと確認したかったんだよ。本当に今でも思っているのかどうかをね」


 チビリとグラスに口をつけてから、穂高は身を乗りだした。


「単刀直入に聞くけど、そんなに麻乃を思っていながら、銀髪の女と時々逢い引きしてるのは、一体どういうわけなんだよ?」


 驚いて穂高を見る。


「なんでそのことを……」


「何者なんだよ? この島の人間じゃないだろう? 目立つ容姿なのに、噂にものぼらないからね」


 鴇汰は答えに詰まった。

 絶対にバレないはずが、どうして穂高は知っているんだ?

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