第112話 離反 ~巧 3~

「で、なんで鴇汰が麻乃にちょっかいを出すと、浮気になるってのよ?」


 刀を鞘に納めながら、巧は早速聞いてみた。


「……まさかあんたたち、そういう関係?」


「馬鹿じゃないッスか! んな訳ないでしょ!」


 突拍子もないセリフに、岱胡は間髪を入れずに否定する。


「じゃあ、なんだっていうのよ?」


「だってあの人、彼女いるじゃないですか」


「彼女? 鴇汰に?」


 驚いて穂高に目を向けると、穂高は首を横に振り、顔を曇らせた。


「いや……俺はなにも聞いてないよ」


「ホントに知らなかったんッスか? 誰も?」


 徳丸も梁瀬も、首をひねっている。


「私も聞いたことがないわね。あんた、そんな話しどこで聞いてきたのよ」


「聞くもなにも、何度も一緒のところを見てますもん」


「何度も?」


「俺が蓮華になりたてのころなんスけど。麻乃さんの部隊と南詰所で持ち回りが一緒のとき、飯を食いに行った帰り、浜に続く道を鴇汰さんが女の人と人目を避けるように歩いているのを見たんスよ」


「麻乃も見たの?」


「そうなんスよ。麻乃さんはそれより前から知ってたみたいで……鴇汰さんがみんなにも話さないで隠してるようだから、今日、見たことは誰にも言うな、って。もし喋ったことがわかったら斬る、って言われたんですよ」


 梁瀬も椅子に腰をかけ、岱胡にたずねた。


「麻乃さんが前から知ってたって、どうしてわかったの?」


「女の人を見たときに『あぁ、あの人か』って言ったんです。それって少なくとも一度は見てるってことでしょ?」


「それ、どんな女の人だったんだい?」


 身を乗り出した穂高が、岱胡に聞いた。

 巧もそれが気になる。


「腰まである銀髪で背がスラッと高いプロポーションのいい人でしたよ。あれ、泉翔の人間じゃないッスね」


「泉翔人じゃない?」


「だって、あんな美人で銀髪なんて目立つから、島内にいたら噂になってるはずですもん」


「だったらどこの女だって言うのよ?」


「大陸じゃないッスかね? どこで知り合ったのか知らないですけど、大陸からわざわざ会いに来るくらいなんだから、彼女に間違いないッスよ」


 岱胡はキッパリと言いきった。


「親戚ってことは?」


「鴇汰の身内には叔父さんが一人、いるだけだよ」


 梁瀬の問いかけに穂高はそう言う。


「じゃあ見間違いとか錯覚じゃないの?」


 眉をひそめて巧が言うと、岱胡は呆れた顔をした。


「だから言ったでしょ、何度も見てるって。それに最初の時は麻乃さんも一緒だったし、あの人だって絶対に何度も見てますよ」


「それで鴇汰の気持ちに対して、否定的なのか……」


「みんなホントに見たことないんスか? 俺たちは何度も見てるのに。絶対にみんなも知ってると思ってましたよ」


 巧を始め、誰も言葉が出なかった。


「なのに、みんなで鴇汰さんをけしかけるようなことを言ったり焚きつけたりしてるから、ひどいことするもんだ、って、ずっと思っていたんスよね」


 岱胡は腕を組んで顔をしかめた。

 バツが悪そうに徳丸が頭を掻いて言う。


「鴇汰のやつに、そんな相手がいようとは思ってなかったからな。麻乃は修治とはとっくに終わってて、今は一人なわけだし」


「それより相手がこの国の女じゃないとしたら問題じゃないの。あんた、どうしてこんな重要なことを黙ってたのよ」


「だって黙ってろって言われて……」


「馬鹿だね、その女が大陸の諜報だったりしたらどうすんのさ!」


 岱胡の頭を思いきり引っぱたいた。

 突然のことに避けきれなかった岱胡は、痛みに頭をさすっている。


「まさか……それに鴇汰さんに限って、情報を流すような馬鹿なことはしないッスよ」


「なにげない話しでも、実は向こうのほしい情報かもしれないじゃないの。本人が気づかないうちに、実は重要なことを話してる、なんてのは良くあることだわ。それに監視隊の目を盗んで島に入り込むなんて、簡単にできることじゃないでしょ」


「麻乃さんのときだって、地理情報をやられてるしね」


 黙って聞いていた穂高が、静かに口を開いた。


「そうだね、もしかしたら凄く重要な問題かもしれない。その女性のことは俺が直接、鴇汰に聞いてみるよ」


「そうね、みんなで責めると逆効果だもんねぇ。穂高、うまく聞いてみてよ」


「麻乃と鴇汰がどうなるか、そいつは二人次第だが、このまま険悪な状態が続くと、豊穣にも差し支えるかもしれん。それは避けたいな」


「このところ、シタラさまの占筮がおかしい気もするし、このままで、もしも鴇汰さんと修治さんが組むことになったら、厳しいかもしれないね」


 巧は、確かに梁瀬のいうとおりだと感じ、黙ってうなずいた。

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