第111話 離反 ~巧 2~

「そりゃあねぇだろ? やつの態度を見てりゃ、麻乃に惚れてるってことくらい俺でもわかる」


 徳丸の言葉に梁瀬も同意している。


「どうも麻乃は否定するだけの理由を持ってるようなんだけど、聞くと口を閉ざすんだよね。本当に知らないのか、って、麻乃に聞かれたんだけど……何のことだかさっぱりで」


 ため息まじりに話す穂高から、巧はゆっくり視線を移し、岱胡を見つめた。


「そういえばもう一人、いるじゃない? 鴇汰の麻乃に対する思いに否定的なやつがさ」


「そういわれてみると、確かにそうだねぇ」


 巧が視線を梁瀬に向けると、梁瀬はそっと立ちあがって窓の前に立った。

 そのまま視線を徳丸に移すと、徳丸は顔を上げて梁瀬を見てからわずかにうなずき、腰をあげると、もう一つの窓の前に立ち、腕を組んだ。


「私はね、そいつがなにかを知っているんじゃないかと思うんだけど……どうなのかしら。ねぇ、岱胡?」


「……えっ? 俺?」


 我関せずとばかりに自分の銃を熱心に磨いていた岱胡は、突然、話しを振られたことに驚いて顔をあげた。


「いや、俺、なにも知らないッスよ?」


 あわてて手を振って否定しながら、サッと周りを見渡している。

 出入り口は、巧と梁瀬、徳丸が立ちふさいでいるから逃げようがないはずだ。


「あんた、時々やけに意味深なことを言うわよね? 鴇汰が麻乃を気にかけるようなことを言うと、浮気だなんだってさ」


「俺、そんなこと、言いましたっけ?」


 岱胡は視線を泳がせると、徳丸と梁瀬のあいだにある小さめの出窓に視線を向けた。


「いやあ、記憶にないッスね」


 銃を腰に納めた岱胡は、椅子に浅く腰かけ直し、頭を掻いている。


「麻乃がなにか隠しているのは、さっきの穂高の話しでわかるけど」


「まぁ、麻乃さんのことだから、聞いたところでなにも話してはくれないだろうしね」


「あいつを相手にするよりは、おまえの口を割らせるほうがいくぶんか楽だ」


 巧に合わせて、梁瀬も徳丸も半歩前に出た。


「ホントになにも知りませんてば……穂高さん~」


 一斉に飛びかかられたら、さすがに逃げきれないと思ったのか、岱胡は頬づえをついたまま、黙っている穂高に向かい、助けを求めて情けない声を出した。

 こんなときに仲裁に入るのはいつも穂高で、岱胡もそれをちゃんとわかっているのだろう。


「もうみんな、いい加減にしろよ。寄ってたかって大人げない……岱胡も困ってるじゃないか」


 穂高はひどく重そうに腰をあげると、巧に向かってそう言いながら、ホッと息をはいた岱胡の肩を軽くたたいた。


「……と、まぁ、いつもならそう言って止めるところなんだけど、岱胡が隠してるなにかを話してくれれば、俺の知りたいことがわかると踏んだ。悪いけど今回ばかりは巧さんのほうにつかせてもらうよ」


 出窓の前まで歩いた穂高が、逃げ道をふさぐように足を止め、岱胡を振り返った。

 唖然としている岱胡に向かい、巧はさらに一歩詰め寄る。


「残念だったねぇ、穂高もこう言ってることだしさ、あんたの知ってること、全部お言いよ」


「そうは言ってもですね、こればかりはホントに言えないッスよ、マジで勘弁してくださいって!」


 逃げ場のなくなった岱胡は椅子の上で胡坐をかき、頭を抱えて唸った。


「なんなのよ? そんなに重要なことだって言うの?」


「重要って言うか……ホントにみんななにも知らないんスか? 穂高さん、ホントは知ってるんでしょ?」


 四人で顔を見合わせると、互いに首を振った。


「知っているかどうかは、聞いてみりゃわかるこった」


「まぁ、そうだね。岱胡さん、僕ら全員相手にここから逃げられると思う? 素直に話したほうが身のためだと思うよ」


 徳丸がポキポキと指を鳴らし、梁瀬は杖を握り、また一歩、岱胡に近づく。


「これがバレたら俺、麻乃さんに斬られちまいますよ!」


「へぇ、そう。それなら聞くけど、今ここで私に斬られるのと、どっちがいい?」


 龍牙刀を抜き放ち、岱胡に数歩近寄った。


「やめてくださいよ……冗談きついッスよ……」


「――お言いよ」


 顔色を変えた岱胡の鼻先に切っ先を突きつけると、目を見すえたままニヤリと笑った。


「あ……あんたたちはホントに……人ごとだと思って! これでもし麻乃さんにバレて斬られそうになったら、あんたたち、みんな俺の盾になってもらいますからね!」


 岱胡はワーッと頭を掻きむしると観念したように足を投げ出して椅子の背に寄りかかり、腕組をして口を尖らせた。

 その頭を徳丸がワシワシとなでて豪快に笑っている。


「男は潔さが肝心だ。男っぷりが上がって良かったじゃねぇか」


「そういう問題じゃないッスよ! もう!」

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