第109話 離反 ~麻乃 2~
「国内においても今は大きな動きはないようで、せいぜい国境沿いでそれぞれの国を相手取って領土を巡った小競り合いがあるだけのようですね」
「その割に、最近は他の三国と同じでうちに侵攻してこねーよな?」
鴇汰が諜報員に向かってそう言うと、諜報員は資料に目を落として答えた。
「王族であり、軍の責任者とも言えるレイファー・ブロリックが、国境沿いのほうに掛かりきりになっているせいだと思われます」
「あの野郎が王族だって?」
鴇汰が中腰になって大声を出し、麻乃は少しだけ驚いた。
「はい、国王には六名の子がおり、上の五名はいずれも国政には携わっているようですが、軍に籍を置くのは末子のレイファーのみです」
「マジかよ……」
諜報員の言葉が信じられないようで、勢い良く椅子に腰を落とし、唖然とした表情の鴇汰を、巧が横目で見つめ、ため息をついている。
「なにしろ、泉翔で抱えていた情報が古かったものですから、大陸の様子が様変わりしていて情報が集めにくく、今回はこの程度しか持ち帰れませんでした」
「これだけでも上等だろう。庸儀の女についても、その詳細はなかなか取れなくても仕方あるまい」
うなだれた諜報員たちに、上層部はねぎらいの言葉をかけると、会議室からさがらせた。
「さて、安部と藤川の部隊は整ったそうだな。今回からはシタラさまも、それを考慮して持ち回りの組み合わせを決められた」
「表を見てもらうとわかると思うが、藤川には今回から西区の常任になってもらう。今は敵襲も少ないが、各部隊、新たに気を引きしめてのぞむように」
全員の目が一斉に麻乃に向いた。緊張で体がこわばる。
「ちょっと待ってください。常任とは一体どういうことですか?」
徳丸が驚きを隠せない様子で立ちあがった。
「言葉のとおり、今後は藤川の部隊は西区を拠点として詰めてもらう。シタラさまの卦でそれが良しと出たそうだ。では、今日はこれで解散とする」
上層全員が出ていくあいだに、麻乃は立ちあがるとすぐに上着を着込み、書類をまとめて封筒に入れると、帰り支度を始めた。
「ちょっと待て」
修治が腕を組んだまま低い声を出した。
「なに?」
「どういうことだ?」
「どうって、言葉通りの意味なんじゃないの? 今のを聞いて、うちの部隊は西区が拠点になるって、あたしはそう認識したけど」
本当は、自分で申し入れた。けれど、とぼけてそう答えた。
「そんな馬鹿な話しがあるか? おまえ、知っていただろう? 驚きもしなかったもんな。いや、自分から申し入れたんじゃないのか?」
「おまちよ、シタラさまの占筮で決まったことでしょ? 麻乃を問い詰めたって……」
麻乃をかばうように言いかけた巧の言葉に、憤りを隠せない様子の修治が声を荒げた。
「冷静に考えてみろ、どう考えたっておかしいじゃないか! 悪いがあんたはちょっと黙っていてくれ!」
立ちあがった修治は麻乃を見すえ、大きく息をはいてからゆっくりと言った。
「おまえ、なにをした? ちゃんと説明しろ」
「だから、あたしはなにも知らないよ。聞くんだったら巫女婆さまに聞いてよ。婆さまが決めたんだからね」
誰とも目を合わさず手もとだけに視線を置き、麻乃は書類を脇に抱えると、ドアに手をかけた。
「まだ話しは終わってないだろうが! 目を逸らすんじゃない!」
出ていこうとした肘を追いかけてきた修治につかまれ、引き寄せられた。
「……っ!」
引っ張られた勢いで体が斜に向き、修治を振り返った瞬間、体じゅうの血が沸いたようにカッとした。
修治に向かって麻乃は思いきり殺気を放ち、左手は鬼灯の柄を握り締めた。
修治がハッとして飛びのき、見ていた巧と穂高が立ちあがった。
「おまえ……」
驚いた表情のままで立ち尽くしている修治の足もとに視線を移す。
自分の体が震えているのがわかる。
それが怒りからくるのか、驚きからくるのかはわからない。
「とにかく、あたしはなにも知らないよ」
それだけを言い残し、みんなの視線を避けるように会議室を飛び出した。
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