第97話 疑念 ~穂高 1~
やっぱり気にはしているようだ。鴇汰の反応を見て、穂高はあらためて思った。
まだ子どもだったころ、地区別演習のあとに行われている演武や太刀合わせで、初めて麻乃の姿を見てからずっと、鴇汰は麻乃を思っていた。
十五歳のときに演習でコテンパにやられたときでも悔しがっていた割に、初めて話しをした嬉しさが隠せないくらいだったし、何度も鴇汰自身からその気持ちを聞いていた。
今も、わざと素っ気ないことを言ってみたら、あの態度だ。どう考えても鴇汰の思いは本物なのに、麻乃はキッパリと否定する。
(もしかしてなにも聞いてないの?)
一体、なにを聞いていないというのか。
鴇汰がなにか隠してる――?
幼馴染で、蓮華になってからもずっといろいろなことを話してきて、すべてを知っているわけじゃないとはわかっていても、大切なことはなんでも知っているつもりだった。
あんなふうに麻乃が言いきるほどのことを、穂高が聞かされてないとは思えない。
いっそなんのことだか、鴇汰に聞いてみようかとも思った。
ただ、もしも本当に鴇汰がなにかを隠しているんだとしたら、その性格上、聞き出すのは容易じゃないだろう。
あれこれと考えていたら、思ったよりも早く中央に着いてしまった。
結局、鴇汰とはなにも話さないまま、雰囲気も最悪だ。
背後からクラクションが響き、振り返ると、巧と岱胡が着いたところだった。
穂高と同じタイミングで振り返った鴇汰の顔を交互に見て、巧が眉間にシワを寄せ、車をおりた岱胡は立ち止まった。
「先に行く」
一言だけ言うと、鴇汰は自分の荷物をおろし、早足に宿舎へ歩いていった。
「あんたたちどうしたのよ? 喧嘩でもした?」
目の前まで来ると、巧は鴇汰の後姿を眺めながら問いかけてきた。
「そんなところかな」
「珍しいッスね、二人が喧嘩なんて。さっき、振り向いたときの顔、凄かったッスよ」
苦笑いで答えた穂高に、岱胡が言う。
「いろいろあってね。まぁ、たまにはこんなこともあるよ」
穂高は車から荷物を出して肩にかけると、二人をうながして歩き出した。
翌日、会議が始まる直前に修治が来た。
どうやら麻乃は来ていないらしい。
この一週間も、どの浜にも敵襲はなく、諜報の報告だけがなされた。
相変わらず上層は楽観している。
庸儀に出ている諜報からは、まだ赤い髪の女の報告はあがってこない。
「あの容姿が目立たないとは思えないのに、なかなかあがってこないわね」
「そうは言っても情報収集も思う以上に大変なんだろうさ。向こうも状況が変わったことだろうしな」
巧がじれったそうに、手にした諜報の報告書を机に放り投げたのを見て、徳丸がなだめている。
「そういえば麻乃は今日も来なかったけど、演習、そんなに忙しいの?」
終始、憮然とした表情のままの修治に、巧が問いかけた。
「さぁな、来るかと思って待ってみたが、連絡も寄越さなかったよ。あいつのことは、俺には良くわからない」
「なによ、あんたたちも喧嘩?」
「……そんなところだ」
鴇汰の視線が修治に向いた。
修治も鴇汰を見た。
数秒、睨み合ったあと、修治は立ちあがり、黙ったまま会議室を出て行った。
「修治のやつ、どうかしたのか?」
「さぁ? 麻乃とうまくいってないのかしらね」
修治の様子に首をひねっている徳丸と巧を横目に、穂高は梁瀬に近づいて声をかけた。
「梁瀬さん、教えてほしいことがあるんだけど、ちょっと時間をもらえるかな?」
「いいよ。僕にわかることならなんでも聞いて」
「ありがとう、助かるよ。じゃ、俺たちはこれで」
穂高はみんなにあいさつをすると、梁瀬を外へうながした。
梁瀬は眠たそうに欠伸をして立ちあがり、軍部の廊下を急ぎ足で歩く穂高のあとを追ってきた。
「ところで、教えてほしいことって? というか、どこへ行くの? 会議室じゃ駄目だった?」
「うん、ちょっと込み入った感じでね、答えは大体、見当がつくんだけれど一応――」
梁瀬に振り返りもせず歩き続け、修治の部屋の前まで来ると、ノックをして返事を待たずにドアを開けた。
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