第94話 再生 ~修治 2~

「急に呼び出してなに?」


 比佐子に連れられてきた麻乃は、明らかに不機嫌そうだ。


「なに? じゃないだろう。傷がもういいってのは本当か?」


 どこにいたのかは知らないけれど、この森の中を松葉杖も必要とせずに歩いてきているのだから、大丈夫だということはわかる。

 それでも修治はあえて聞いてみた。


「見てわかるでしょ? もう歩けるし、多少の引きつれはあるけど問題ないよ」


 幸いにも師範の方々は、交代で戻ってきて既にそれぞれのテントで休んでいる。

 比佐子に少しのあいだ席を外してくれるよう頼むと、麻乃の腕を引き寄せ声をひそめた。


「あれだけの怪我がいきなり良くなってるっていうのは、どういうことだ?」


「どうって……聞かれてもわかんない。チャコにも言ったけど、朝、起きたら痛みが弱くなっていた。立つのも歩くのも全然苦じゃない」


「おまえ――」


(なにもなくて、そんな傷が治ることがあると、本気で思うのか?)


 修治はそう言いかけてやめた。

 視線を逸らせている麻乃の姿に、なにかあると確信した。


 また隠しごとか。


 その癖、機嫌の悪さを隠しもせずにいる麻乃に、つい苛立ちを覚える。


「今から医療所に行くぞ。支度しろ」


「なんでよ? 悪くなったらともかく良くなったのになんで?」


 むきになって喰ってかかってくる。

 どうして麻乃はこんなに苛立っているのか。


「だからこそ見てもらうんだろうが。爺ちゃん先生は相当心配していたんだぞ。良くなっちまったら、もう関係ないか? 報告する気も起きないのか?」


 諭すようにして問いかけると、麻乃は視線を泳がせて考え込んでいる。


「そっか……そうだよね。心配してた。あたし無理しないって約束もしてたんだ。もう大丈夫だって行って伝えてこないと駄目だよね」


 まるで手のひらを返したように、今度は不安そうに落ち着かない様子を見せる。


「車を出すから、すぐに行くぞ」


 静かにそう言って、いつものようにそっと頭をなでた修治の手を、麻乃は勢いよく払いのけた。


「車なんか必要ないよ、一人で行ける。あたしはもう、子どもじゃないんだから」


 キッと修治を見すえた麻乃は、勇んでそう言う。


「今から行ってくる。すぐに戻ってくるから、そしたらそのまま演習に出ても構わないでしょ?」


「もちろんだ」


 答えたものの、あからさまにおかしい麻乃の態度に不安がよぎった。

 感情の起伏がこれまでよりも激し過ぎる。

 覚醒しかけたことが原因なのか、それとも人の気配がどうとかいうのが原因なのか。


 もしかすると鴇汰のことが原因なのか?

 飛び出していった麻乃のうしろ姿を見送って、修治はそばにあった木を殴りつけた。


「くそっ! あの馬鹿、なんだって隠しやがるんだ」


 やり場のない苛立ちに思わずつぶやいたとき、比佐子が顔をのぞかせた。


「ねぇ、今、麻乃が飛び出していったけど、なにかあった?」


「いや、なんでもない。念のため、医療所でちゃんと見てもらうように言って聞かせたところだ」


 大きなため息をついて比佐子に答えた。


(やっぱり一度、シタラさまに視てもらったほうがいいのかもしれない。高田先生にもきちんと話しをするべきだな)


 今日、参加している市原に相談するため、探しに出る準備を始めた。

 できるなら、塚本に頼んでシタラを呼んでもらおう。


「あいつ、戻ったらそのまま出るつもりでいやがる。おまえには面倒をかけるが、そばにいてやってほしい。それから、今、いるところをそのまま拠点の替わりに使うのか、そこを引き上げてここへ戻るのか、それも決めてあとで知らせてくれ」


「うん、わかった」


「すぐに戻ってくると思う。すまないがもう少し待ってやってくれ」


「大丈夫。せっかくだからのんびりさせてもらうわ」


 修治は深く息を吐いた。

 ふとした瞬間、ため息がこぼれる。


「俺がいると、どうも良くないみたいだ。なにも言いやしない。おまえにもそうかもしれないが、もしもなにかを聞いたときは――」


「わかってる、知らせにくるわよ。穂高も西詰所にいるのは明日までだけど、気にしてるだろうしね」


「頼む」


 比佐子の肩を軽くたたき、修治は森へ入った。

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