第50話 柳堀 ~麻乃 2~
「あなたが夜光を選んだら、こいつを一緒に持っていってもらうようにと、爺さまから言われています」
「あたしに? 抜いてみても……」
「ぜひどうぞ」
受け取ると麻乃は柄を握った。
軽い力で驚くほどすんなりと抜けた刀身は、やや赤みを帯び、奇麗な波型の刃文が浮かんでいた。
夜光に比べるとわずかに反りが深い。
長さや重みは紅華炎と同じくらいに感じる。
握り込むと柄から温かみが伝わってきて、やけに手になじむ。
変に頭が冴えたような気がした。
「なんだかこれ、やる気にあふれるっていうか……使いやすそうでいて、そうでないような、変な雰囲気がある気がする」
ぽつりとつぶやくと、お孫さんがそれに答えた。
「癖があるようで、持てあましていたんですよね。そうしたら爺さまが、きっとあなたなら扱えるだろうと」
「うん、嫌な感じはしない」
「その外観から、
朱色の鞘には深い緑と白で、葉と小さな花が彫り込まれている。
どうやらホオズキの絵が描かれているらしい。
(死者を導く提灯――か)
なるほど、敵の命を奪うあたしには、お似合いなのかもしれない。
それにしても鬼に朱とは、一体どんな符合なんだか。
「夜光が静なら、鬼灯は動。この二本は対立しているようで、実は一番近い場所にあって、まるで対のようなんです。だから、もしも夜光を選んだときには鬼灯も、ということのようですよ」
「どちらも気に入りました。もらっていきます。でも、さすがに今、三本は持てないので、あとで届けていただけますか?」
「わかりました」
手渡してから、わずかにうつむいて考え込むと思い直して顔を上げた。
「やっぱり鬼灯だけ、今、持っていきます」
そう言って支払いを済ませ、腰に差すと、店内で大剣を眺めていた鴇汰を促し、店をあとにした。
ここ最近、丸腰だったことが多かったせいで、久しぶりに帯びているとバランスが狂ったような気分になる。
特に今は馴染みのない新しい刀だから、余計にそう思うのか。
それでもやっぱりあれば落ち着くし、どうやら鬼灯との相性は良いように感じる。
「つき合わせてごめん。なにか食べに行こうか」
柳堀を食堂の連なるほうに足を向けると、鴇汰に腕をつかまれて引き止められた。
鴇汰は市場への道に目を向ていた。
「それより、なにか食材を買っていこうぜ。俺が作るって」
「だってあんた、せっかくの休みでしょ? わざわざ手間をかけないで、たまにはのんびりしたら?」
「いいんだよ。俺がそうしたいんだから」
「でも……」
「あらァ、麻乃ちゃんじゃないのォ!」
鴇汰の向こう側から、小走りに近づいてくる人影が声をかけてきた。
「あ……おクマさん」
「ちょっとアンタったら帰ってきてる癖に、ちっともウチの店に来やしないで! どういうコトよォ!」
ギュッと抱き締められ、麻乃は頭をワシワシとなで回された。
おクマは今度は隣の鴇汰へ目を向ける。
「おや! 鴇汰ちゃんまで一緒なの?」
鴇汰の肩を引き寄せ、その頬に思いっきりキスをした。
いきなりの攻撃に麻乃も鴇汰も抵抗できず立ち尽くしてなすがままになっていた。
「なァに? アンタたち、これからご飯なの?」
「うん。ちょうど今、なにか食べに行こうかって話していたところなの」
癖毛なのでかき回されるとひどい頭になる。
麻乃はクシャクシャにされた髪を手で直しながら答えた。
「だったらウチで食べていけばいいわ。ちょうど仕込みも終わったところだから、すぐに出せるわよ」
「いや、ちょっと待ってよ。俺たち買い物が――」
鴇汰が軽い抵抗を見せても、おクマの手がガッチリと力強く肩をつかむ。
背後から咎めるような低目の女性の声がした。
「二人とも、そんなヤツについて行くと、変な病気がうつるわよ」
「あっ、
おクマは柳堀の歓楽街で昼間は食堂、夜は酒場を営んでいて、松恵はそのはす向かいで妓楼を営んでいる。
仲が良いのか悪いのか、この二人は顔を合わせるといつもいがみ合ってばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます