第42話 哀悼 ~麻乃 3~
つい口を尖らせて文句を言ってしまった。
鴇汰に言ってみたところで、どうしようもないのはわかっていたのだけれど。
「だっておまえ、当てられて死んでたんだろ? 夜に一度、起きてくるかと思ったけど、結局この時間だもんな。そんで、体のほうはどうなのよ?」
「うん、今はスッキリしてる」
「俺、六人のときがあったけど、そんときでも結構きたぜ。三十九じゃ相当だったろ」
「あたしは当てられたの初めてだから、わかんないよ。でも、頭痛と眠気がひどかったなぁ。太刀合わせで痣ができたって話しは、ほかのみんなもしてたから知ってはいたけどね」
「すっからかんになるとは思わなかったか?」
意地悪な表情で鴇汰がニヤリと笑った。
「なんでそんなことまで知ってんのさ! もう……修治が喋ったんだね?」
「あのな、それ、麻乃だけじゃなかったんだぜ」
「それ、って……財布の中身?」
「そう。話しをしてたとき、トクさんだけがやたら渋い顔してたからみんなで問い詰めたのよ。そしたら実はずいぶん前に、トクさんの一番親しかった戦士が亡くなったとき、二人で飲みに行って十万も逝かれてるんだってよ」
麻乃は一瞬、呆れて言葉が出なかった。
二人で十万って――。
鴇汰はククッと含み笑いを漏らしながら続ける。
「二人で十万だぜ。凄くねぇか? それがやたら悔しかったらしくて、ずっと黙ってたんだってよ」
「もう。そのことを先に言っててくれてたら、こっちも気構えってもんができたのに」
「まあ言えなかったのもわかる気はするけどな。どんだけ飲んだんだよ、って話しだし」
思い出し笑いをしている鴇汰に、憮然とした表情のままで言った。
「あたし、考えてもみなかったから、ショックが大きかったよ。三十九人ぶんだもん」
「俺も同じことになったら、かなりのショックを受けるかもな」
鴇汰は空いた器をさげ、コーヒーを置いた。
「ありがとう。ごちそうさまでした」
麻乃はお礼を言うと出されたコーヒーを飲んで一息ついた。
「ねぇ、今日の葬儀は何時からか聞いてる?」
「十時に泉の森」
腕時計に目をやると、七時を回ったところだ。
「そっか。あたし支度とかあるし、もう戻るわ。ごちそうさま、本当にありがとうね。今度、必ずお礼はするからさ」
立ち上がると、テーブルの向こう側から鴇汰が突然、手を取ってきた。
「なんだよ? まだ早いじゃんか。もう少しいろよ」
「でも昨日、修治が迎えにくるって言ってたし、修治のことだからきっと早めにくると思うし、用意しておかないと」
一瞬、麻乃の手を握る鴇汰の力が強まった気がした。
「おまえさぁ……」
鴇汰は空いた手で眉間の辺りをおさえている。
なにか言いたそうなのは麻乃にもわかる。
不機嫌に見えるのはどうしてだろう?
黙ったままで見つめていると、視線を上げた鴇汰と目が合ってドキリとする。
「まぁ、いいや。西区には今日、帰るのかよ?」
「ううん。今日は葬儀のあと、こっちの訓練生を見に行って、明日、帰る予定だけど」
「そんなら夕飯も一緒に食おうぜ。もっとちゃんとしたもの、作るからよ」
「そりゃ、別に構わないけど、何時になるかわからないよ?」
「選別で見に行くだけなら、そんなに遅くならないだろ? いいよ、俺、待ってるから。戻ったらここに来いよな」
「わかった。手……痛いよ」
麻乃のほうを見ずに頬づえをついている鴇汰の顔をのぞき込んでそう言うと、鴇汰は視線をそらしたまま麻乃の手を離した。
「ん……悪い。じゃああとでな」
その姿を少し気にしつつドアを開けると、目の前にノックをしようとしている格好の岱胡が立っていた。
「あ、岱胡、久しぶり」
「おっと、なんスか? 麻乃さん朝帰り? マズイところに来ちゃいましたかね?」
「バ~カ、そんなわけ、ないじゃないか」
「ですよねぇ~」
思わず苦笑した麻乃に、岱胡は意味ありげな視線で苦笑いをしてから、部屋の奥をのぞくように首を伸ばした。
「で、鴇汰さんは?」
「中にいるよ」
「なんだ岱胡か。入れよ」
後ろから顔を出した鴇汰が声を掛かけてきたので、麻乃は岱胡が中に入るのと入れ替わりに部屋をあとにした。
廊下を歩きながら、まだ握られた感触の残っている左手を口もとに持っていき、目を閉じてため息をつく。
その瞬間、火傷の痕がまたチリチリと痛みだした。
右腕のほうは治りかけの痒みがある程度なのに、左腕は時々思い出したように痛みが走る。
そのたびにイライラしながら治まるのを待っていた。
あのとき、黒い塊が見せた青い瞳を思い出しながら――。
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