第41話 哀悼 ~麻乃 2~

 修治にたたきおこされ、眠気をこらえてどうにか身支度を整えると、外へ出た。


(たくさん飲み食いしましたけど、あとで怒らないでくださいよ)


 ドアの鍵を閉めたところで、ふとそう言われたのを思い出し、ハッとして財布を開くと中身が空っぽだ。

 思わずガクッと膝を着いて崩れたので、修治が驚いて駆け寄ってきた。


「ひどい……こういうことがあるなんて……怒りゃしないけど、こうなるとは夢にも思わなかった」


「どうしたんだ?」


 修治の問いかけに答えの代わりに開いたままの財布を渡した。


「空じゃないか。いくら入れていた?」


「刀代が……二十八くらい」


 修治から財布を引ったくり、部屋に戻って中にいくらか入れる。

 外から修治の大爆笑が聞こえてきた。


 中央までの移動のあいだ、麻乃は車の後部席でずっと横になっていた。

 これまでも亡くなった隊員が別れ際に現れたことはあったけれど、多くて二人だったから、こんなふうに当てられて具合が悪くなったことはなかった。


 体はつらかったけれど来てくれたことを素直に嬉しいと思える。


 持ち回りの明けたときや休みの日には、ああやって良くみんなで飲みに行ったりしたのを思い出すと、自然と笑みがこぼれてしまう。


(財布の中身まで逝かれたのは予想外だったけれど――)


 夢の中の出来事じゃなく、現実と同じでしっかり使ったぶんの金額が消えていた。

 おごると言ったのは麻乃自身だったのだから、それも仕方がないことか。


 中央に着いてからもまだ具合が悪く、合同葬儀の前に修治に迎えにきてもらうことにして、宿舎に戻るとなにもせずにそのまま眠りについた。


 翌朝――。


 早いうちに眠ったせいか、いつも起きる時間よりも早くに目を覚ました。

 具合が悪かったのが嘘のようにスッキリしている。

 カーテンを開けると外は明るくなっていて、空は雲がひとつもないほどの良い天気だ。


 グー、とおなかが鳴って、昨日から何も食べていないことを思い出した。

 当分のあいだ留守にするつもりでいたから、宿舎に食べるものはなにもない。


 時計に目をやると、まだ五時前だ。

 こんな時間じゃ店もやってないし、食堂も準備中だろう。

 巧もこっちへ戻っているだろうけれど、さすがに押しかけるにはまだ早い。


 気を紛らわそうと外へ散歩に出ることにした。

 着替えを済ませ、宿舎を出ようとしたところで鴇汰と出くわした。


「今、そっちに行こうと思ってたんだよ」


「あたしのところ? なんで?」


「いや、昨日、なにも食ってないって聞いたから、もしかして腹、減ってるかと思った――」


「減ってる!」


 麻乃は鴇汰の言葉をさえぎって答えた。


「即答かよ。朝飯、一緒にどうかと思ってよ、作ったから食いにこいよ」


 鴇汰が笑って言う。もちろん断る理由などなにもない。

 震えるほどの空腹を覚えていた麻乃にとって、心の底からありがいと思える申し出だ。


 鴇汰の部屋は麻乃の部屋と違って、奇麗に片づけられていて、余計なもののないシンプルな部屋だった。


「丸一日食ってないんじゃ、あんまり重いのもどうなのかと思って、消化の良さそうなものを作ったんだ」


 鳥のお粥と煮物や豆腐などが麻乃の前に次々に並べられていく。


「消化にいいったって、量を食ったら意味がねーからな」


「わかってるよ。だけど凄いよね、あんた。良くこんなの作れるよ」


「だって俺、この国に来たばかりのころは、叔父貴と二人で暮らしてたから。仕込まれたんだよな。最初の何年かは、剣より包丁を握ってる時間のほうが長かったんだぜ」


「へぇ、そうなんだ。叔父さんって料理する人なの? あ、これ、おいしい」


 お粥を口に運ぶと、その味に思わずつぶやく。


「だろ? それ、俺の自信作なのよ。俺の叔父貴はさ、ちょっと変わりものなんだ」


 そう言って鴇汰も自分の椅子に座り、食べ始めた。

 ふと、鴇汰はどうして麻乃が何も食べていないことを知っていたのか、気になって聞いてみた。


「そう言えば、なんであたしが昨日一日、なにも食べてないって知ってたの?」


「夕べみんなと話してたとき、修治がそう言ってた。お袋さんの作ったっていう弁当を出してきて、一人で食うには量がある、って言うから、みんなでつまんだのよ」


「嘘! お母さんのお弁当があったの? あたしも食べたかったのに……」

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