第38話 不穏 ~巧 2~

「そういえばあんたたち、珍しく丸腰じゃない? いくら謹慎中だからって、まるっきり丸腰はないでしょう? そんなんで良く駆けつけてきたわね」


「俺は梁瀬と飯を食ってから、麻乃のところに資料を届けに行くつもりだったからな」


「あたしは……」


 麻乃が手を止めて突然立ちあがり、その勢いで椅子が倒れた。


「あたし、塚本先生と演武の途中で、それで爆音が聞こえて飛び出してきて……まずい、まずいよ。稽古中だったのに。あれからどのくらいたってる?」


「三時間はたってるんじゃないかしら?」


「そんなに? 帰る。急いで戻らないと……」


「そうだ、麻乃! 合同葬儀はあさってだ。明日、一度中央へ戻るぞ!」


「わかった! 巧さん、ごちそうさま!」


 うろたえたままの様子で、部屋を飛び出していった麻乃を見て、巧は唖然として修治に聞いた。


「なによ? あれ」


「おおかた、うちの先生が怖いんだろうよ」


「怖いって……あの麻乃があんなにうろたえるもの? あんたたちの先生って何者よ?」


「うちの先生は元蓮華なんだよ。麻乃の両親がいた部隊の隊長だった。あいつにとっては、うちの両親とは違った意味で親同然の人だな」


 立ちあがった修治は窓辺に寄りかかると、すばやく馬に飛び乗って駆け出していく麻乃を眺めている。


「へぇ、そんな人がいるんだ。確かに蓮華を引退してから、上層部に上がらない人って思ったよりも多いわよね」


「ある程度、体がきく人はな。やっぱり自分の経験を受け継ぐ力のある子どもらを育てようと思うんじゃないのか」


「そうかもね。私もそうなったときには、やっぱり地元の道場で、って思うものねぇ」


 大きくうなずいて伸びをしながら、巧はしみじみと言った。

 一時は興奮していた修治も、いつもと変わらない姿の麻乃を見て、落ち着きを取り戻したようだ。

 巧の問いかけに、フッと鼻で笑う修治の顔を見てホッとした。


「うちの先生の場合は麻乃がいたからな。特にいろいろと思うところがあったんだろうよ。さて、俺も行くか。あの件、なにか進展があったら知らせてくれ」


「わかってる。じゃあね」


 部屋を出ていく修治を見送って、静かに息をはいた。

 このところ、立て続けに起きている状況に、巧自身も本当は不安が拭い切れない。


 それはどうやら自分だけが感じているのではなく、徳丸も梁瀬も、みんながそう感じているようだ。

 このままなにもせずに、ただ防衛だと言って詰所にいることが、巧は怖くてたまらなかった。

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