第37話 不穏 ~麻乃 4~

「あの女。あんたはあれを鬼神かもしれないって言ったけど、あれは絶対に偽物よ」


「どうして?」


「だって、鬼神の家系は間違いなく麻乃だけだよ。泉翔に鬼神の言い伝えがあるように、大陸にもたくさんの伝説があるのね」


「うん」


 麻乃は話しに集中したくて食べる手を止めた。


「私は毎年ジャセンベルに行くから聞いたことがあってね。ジャセンベルには武王っていう血筋があるんだって」


「武王? それもまたすいぶん大層な血筋だね」


 麻乃の返事に巧はクスリと笑うと、伸びをして体を解しながら天井を見上げ、思い出すように話しを続けた。


「武王はね、強い力を持っていてカリスマ性が高く、民を統べ、国を一つにまとめて治めるんだって」


「強い力……」


「過去に何度か、国が崩壊しそうなときに生まれては、国民をまとめあげてきたらしいわよ」


「ジャセンベルって大国だよね? それをまとめあげるほどの能力を持ってるんだ」


「私に言わせりゃ、まとめたところで行き着く先が侵略のための戦争じゃ、なにが武王だよ、って感じなんだけどね」


 そう言って、巧はまたコーヒーに口をつけ、一息つく。


「それだって、一つの血筋からしか生まれないって聞いたわ。考えてみたらそうよね?」


「なんで?」


「だって、あちこちで武王が生まれたらさ、国民だってどれを信じりゃいいのか、わからなくなるに決まってるわよ」


 巧のいうことは最もだと麻乃も思った。

 武王同士で国主を賭けて闘ったりしたら、逆に国をつぶしかねない。

 そうなったら本末転倒だろう。


「そう言われると、そうかもしれない」


「でしょ? 大陸には賢者なんてのも、いるって聞いたことがあるしね。あれだけ広い大陸だもの、他にもきっといろいろな血筋ってあるんだと思う」


 巧のいうことにはなんの根拠もないけれど、なぜか麻乃の胸の奥に響く。

 温かい思いがあふれてくるような気がした。


「鬼神に近い血筋もあるのかもしれない。でもさ近いだけでそれはきっと全然別モノなのよ。だって考えてごらん? もしも悪いほうに覚醒した鬼神が何人も現れたら、世の中、終わっちまうじゃないの」


「でもあの容姿は……あの髪の色」


 遠目で見ただけ……。

 それでもあの赤い髪は麻乃には衝撃的だった。


「でも目は見てない。なんのつもりか知らないけど、見かけ倒しよ。私には、あの女になにか能力があるようには見えなかったわ」


「あたしは……できれば戦ってみたかった。能力のあがった相手と、どれほどの差がつくのか知りたかった」


「私らはね、あの女のこと、少しずつ調べてみようと思うの。あんたは知りたい?」


 残ったケーキを一気に頬張ると、コーヒーで流しこみ、巧の目を真っすぐに見すえた。


「知りたい。鬼神じゃないとしたらなんなのか。そしてなんらかの能力が本当にあるなら、あたしは挑む。差があるのなら、その差を埋めてみせる。簡単にやられたりはしない」


 巧はそう答えた麻乃の前に、もう一つケーキを置き、ニヤリと笑う。


「あんたなら、そう言うと思った。悩んだり落ち込んだり、不安定なところも多いけど、そうやって前向きに構えているほうが麻乃らしいわよ」


 本当は怖い。

 覚醒なんてしたくない。


 鬼神の力なんか借りずに腕前を上げて済ませることができるなら、いくらでも訓練だって演習だってやってやる。

 そう思って麻乃は生きてきた。


 でも、いよいよそれじゃあ追いつかないところへきたのかもしれない。

 二つ目のケーキに手を伸ばすと、麻乃はまた、思いきり頬張った。

 空腹感が満たされるほどに、力がみなぎるように思うのは気のせいだろうか?


 ノックとほぼ同時に勢いよくドアが開き、振り返ると修治が息を切らせて立っていた。

 修治は麻乃の手もとに目を向けると、ガックリと両膝に手を置き、脱力をしている。


「……なんか食っていやがる」


「シュウちゃん? なにをやってんのよ?」


 頬づえをついたまま、巧が修治に向かって問いかけた。


「あのなぁ、姿が見えなくなったから、なにかあったのかと思うだろうが。あちこちと駆け回ってやっと見つけたと思ったら、のんきに茶なんか飲んでいやがって」


「あぁそっか。ごめんごめん」


「いや、なにもなかったなら、それでいい」


 修治は空いた椅子を引き寄せると、麻乃の横にどっかり座った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る