第34話 不穏 ~巧 1~
「麻乃!」
修治の目が探るように巧と穂高を見ていたすぐあと、叫んだ麻乃はグラリと倒れ、修治が慌てて抱き止めた。
「意識がない! まずい……くそっ! なんなんだ、一体……大陸のやつらはなにを考えていやがる! あの女は何者なんだ!」
「――落ち着きなさい!」
巧は修治の頬を両手ではさむようにして軽くたたいてから、その肩を押さえた。
「シュウちゃん、まずは麻乃を空いた部屋のベッドに連れていく。意識が戻るまで静かに寝かせてあげよう。ね?」
静かに息をはいた修治は、ゆっくりと深呼吸をしてから麻乃を抱き上げた。
巧はドアを開けてやり、出ていく修治に続いた。
「修治さんがあんなふうに取り乱したの、初めて見た」
梁瀬は呆気に取られて固まったままで立ち尽くし、穂高が驚きを隠さずにぽつりとつぶやいたのが巧の耳に届いた。
部屋を移り、麻乃をベッドに横たえると、修治はその脇に腰かけて麻乃の手を握った。
「説明、してくれるよね?」
巧はドアにもたれて腕を組み、修治から目を逸らさずに聞いた。
修治の視線が泳ぎ、一瞬のためらいを見せたあと、麻乃の髪をなでながら小さくつぶやいた。
「あんたたちが考えているとおりだよ。こいつが鬼神だ」
「私らだって泉翔の人間だからね。耳にしたことはあるのよ、鬼神の言い伝えは。麻乃は泉翔人なのに髪が赤茶。それに気づいてないようだけど憤ったときには瞳が紅っぽく見えるの。だからうすうすそうなんじゃないか、って思ってた」
静かに一つ息をはくと修治の横に立って麻乃を見た。
「でもね、私らにしてみれば、鬼神だからなによ? って感じなの。だって麻乃は麻乃よ。ちゃんと覚醒すれば普通の人間と同じでしょ?」
「安定していればな。そうじゃなきゃ、こいつは――俺は怖いのかもしれない。こいつに殺られることじゃなく、俺が手にかけなければならない可能性があることが――」
「シュウちゃん……」
「巧、あんたの
思い詰めたように巧に訴えかけてくる修治の姿に、ため息がこぼれた。
仕方なくその手に刀を握らせてドアの前で振り返った。
「シュウちゃん、あんたが麻乃を大切に思うのと同じくらい、私らも、あんたたちを大切に思ってるってこと、忘れるんじゃないわよ」
「わかっている。わかっているんだ。でも……すまない」
麻乃を見つめたままの修治の顔が、今にも泣き出しそうに見える。
巧はそれ以上、なにもいうことができず、部屋をあとにした。
ドアを開けるとすぐ横に穂高と梁瀬が立っていた。
驚いて二人を引っ張り、会議室に戻った。
「聞いてたの?」
穂高も梁瀬もうなずく。
「しょうのないやつらだねぇ。まあ聞いたとおりよ。私らは祈ってやるしかないわね」
そう言って両手で顔を覆った。
小一時間ほどたったころ、修治が一人で会議室に戻ってきて、巧は心臓が止まりそうな思いがした。
「麻乃はどう?」
「覚醒しなかった」
その答えに、巧は心の底からホッとした。
「喜ぶことじゃないんだろうが、変に目覚めなくて良かった」
修治が差し出した刀を受け取り、机の上で両手を組むと巧は窓の外を見た。
「ねぇ、残った諜報員を何人か、庸儀に送れないかしら? あの女の素性を知りたいじゃないの」
「僕、中央に戻ったらかけ合ってみようか?」
「そうね、そうしてくれる? 穂高、手間だろうけどヤッちゃんを送ってあげて。ついでに砦の修繕も依頼してきてよ」
テキパキと指示をすると、巧はそのまま思ったことを口にした。
「私らは、いつまでも黙って襲撃されるのを待ってるなんて駄目。常に万全の情報を手にしておかなけりゃ。なにが起きてもすぐに対処できるようにしなけりゃ駄目なのよ」
「ちょうど俺たちも、それを考えてはいたんだ。折を見てみんなにも話そうと思っていた。麻乃の件も……」
「情報があるのとないのとじゃ、大きく違うわよね。大陸でなにか起きたら、こっちにとばっちりがくるかもしれないんだから。麻乃の件は、トクちゃんも岱胡も気づいていると思うから、私から話しをするけど問題は……」
「鴇汰のやつか。うるさく言うだろうが、話さないわけにもいかないだろう。俺からじゃ、あいつは素直に耳を貸さないだろうが巧の話しなら大人しく聞くだろうよ」
「あの子もねぇ……なんだか最近、落ち着かないわよね。前はもっと冷静に、いろいろと考える子だったと思うんだけど。まぁ、今度の会議が終わったあとにでも話してみるわ」
梁瀬と穂高が立ち上がり、修治は二人を見送りに一緒に部屋を出ていった。
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