第33話 不穏 ~麻乃 1~

 轟音が響いて一斉に鳥が羽ばたき、森の木々がざわめいた。

 道場で午後から塚本とともに演武を行っていたけれど、その音を聞いて麻乃は道場から飛び出した。

 子供たちもザワザワと入り口や窓から顔をだし、周囲を見回している。


「塚本先生、敵襲かもしれない。あたし様子見にいってきます!」


 塚本の返事も待たず、麻乃は馬に飛び乗ると西浜に向かって駆け出した。


(またこのあいだのような、おかしな敵襲があったんだろうか? 今日は西浜には誰がでているんだろう……)


 丘に続く橋の手前で、横道から突然、車が飛びだしてきた。

 その助手席から顔をだしたのは梁瀬だ。


「麻乃さん!」


「梁瀬さん、修治! あの爆発音は?」


「聞いたよ! なにか起きたんだ。とにかく急ごう!」


 梁瀬が大声で言うと、車はスピードをあげて丘を登っていき、一気にくだっていった。

 馬を急かせてあとを追い、丘の上でいったん止まると海岸を見降ろした。


 かなり砂浜に近いところまで敵艦が入り込んでいて、砦のあたりから火の手があがっている。

 武器庫に残っている大砲の弾が、次々と爆発して砦と崖を崩していた。

 上陸している敵兵はなく、砲撃だけがなされたようだ。


 敵艦はゆっくりと向きを変え、撤退を始めた。

 丘を降りて堤防まで行くと、穂高と巧の部隊、修治と梁瀬が海岸を睨んで立ち尽くしている。

 修治の後ろに立ち、その視線の先を追う。


 敵艦の端に人影が見え、麻乃は目を凝らした。

 そこには、なぜだか純白のロングドレスを着た女が立っている。

 肩にかかった長い髪が海風に揺れていた。

 燃えるような赤い髪が。


(――赤い髪!)


 距離がありすぎてその瞳までは見えない。

 ガクガクと麻乃の体が震えた。


(まさか、あれは鬼神……?)


 左腕の火傷の痕がジリジリと焼けるように痛みだし、右手でギュっと押さえた。

 麻乃の左手を振り返った修治が力強く握り締めてきた。

 敵艦が完全に撤退したのを確認してから、全員、西詰所へ戻り、詰所の会議室に蓮華だけで集まった。


「今日は敵艦が一隻だけだった。浅瀬をギリギリのところにきたかと思ったら、いきなり撃ち込んできやがったんだよ」


 廊下から巧と穂高の隊員たちの足音が響き、巧はそれが通りすぎるのを待って話しを続けた。

  

「どういうわけか堤防じゃなく、砦に向けてね。しかもたった三発だった。兵も降りちゃこない、弓や銃撃があるわけでもない、ただ、砦に撃ち込んだだけ」

「実はおとといも、この西浜に敵襲があったっていうんだ。ヘイトだった。そのときは兵が出てきたらしい。百人ほどね」


 穂高はそう話すと、修治に向かって肩をすくめてみせた。


「たった百人?」


「そうなんだ。あっと言う間に退却していったそうだよ。俺は昨日まで北浜だったけど、そこも同じだった」


「ああ、さっき報告書を読んだよ。人数までは記載がなかったが、まさか、たった百人とはな」


「あいつら一体、なにしにきたってんだか。聞けば全部の浜が同じだって言うじゃないの」


「今日のやつらはどこの国だ?」


 怒りをあらわに話す巧に修治が問いかけると巧も穂高も首をひねっている。

 兵が出てこなかったのだから、確認のしようがない。


「庸儀……じゃないかな? 見た目もだけど、あの衣装」


 梁瀬が代わって答えた。


「ホラ、僕は豊穣のときにいつも庸儀だから。見たことがあるんだよね。うちでいうところのシタラさま? シャーマンっていうのかな。その人たちがあんな衣装を着ていた」


「そのシャーマンが、砲撃しにきたってのか?」


「それはわからないけど、でも、あれは……」


 梁瀬は言いにくそうに修治を見ている。


「……鬼神かもしれない」


 それまでずっと、麻乃は会議室の隅で膝を抱えてみんなの話しを聞いていた。

 目にしたときから思っていた言葉をつぶいた。


「あんな赤い髪の色、ほかにない」


 そう言うと、四人が一斉に麻乃のほうを振り返った。

 誰も麻乃に疑問を投げかけないのは、ここにいる全員が知っているからなのだろうか?


 麻乃が鬼神だということを。


 知って麻乃をどう思っているのか、それを考えると怖い。

 視線を感じても、それをまともに受けとめることができない。

 麻乃の胸の奥で燻っていた不安が急速に広がった。


「あたしはならない! 絶対、あんな――」


 誰の目にもとまらぬよう、できるかぎりこの身を小さくしようと自分自身を抱いて叫ぶと、そのまま目の前が真っ暗になった。

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