不穏
第31話 不穏 ~梁瀬 1~
梁瀬は一週間ぶりに中央へ戻ってきた。
北浜での待機中、四度も庸儀の襲撃があったけれど、やけに兵数が少なく、大した攻防もしない内に撤退していってしまった。
楽ではあったけれど、わざわざ海を渡ってきた意味があったのだろうか?
そう思い、奇妙な感じがした。
報告会議では西浜でも南浜でもヘイトとロマジェリカの襲撃があったといい、北浜と同じような結果だったらしい。
規模が小さかったとはいえ、こんなに短期間に、すべての浜が立て続けに攻められることはこれまでなかった。
緊張と疲労だけが、いたずらに重なっていく気がする。
諜報部隊の調査も始まったばかりで、上層部も判断をつけかねているように思う。
口には出さないけれど、先日のロマジェリカ戦以来、やはり大陸になにかあるのかもしれないと誰もが感じていた。
会議が終わったあと、梁瀬は上層部の一人から分厚い資料を数冊受け取った。
「梁瀬さん、それなによ?」
鴇汰が近づいてきて、梁瀬の手もとを見ると問いかけてきた。
「うん、これは今日の会議資料と、予備隊と訓練生のデータファイルだよ」
「そんなもん、どうすんの?」
「届けるの」
「どこに?」
怪訝そうに見つめる鴇汰に、手を止めて梁瀬は振り返った。
「修治さんのところに決まってるでしょ。そんなにかさばらないと思ったんだけど、思ったより凄い量で驚いたよ。二人ぶんにすると大変だよこれ。送ろうと思ったけど、僕、明日は休みだしせっかくだから持っていこうと思って」
「持っていくって、あいつ宿舎なんだから取りにくれば済むことじゃねーの?」
「いや、今、西区の自宅に戻ってるんだよ」
厚手のダンボールに丁寧に資料を詰め込みながら答えると納得したようにうなずいた鴇汰の動きが、はたと止まった。
「ふうん……えっ? てか、二人ぶん?」
「そ、麻乃さんのぶんも」
「えっ? なによ? 麻乃も一緒に帰ってんのかよ? なにそれ? 俺、なにも聞いてないぜ!」
鴇汰の詰め寄る勢いに、思わずあとずさりしてからしまった、と思った。
聞かれなければ黙っていようと思ったけれど、聞かれたままに答えてしまったことを後悔した。
こういう反応になることはわかっていたから、いいかたを考えていたのに、資料の多さに驚いて、うっかり忘れてしまっていた。
「謹慎を言い渡された日に、帰ることを決めたみたいだから、急だったんだよ。一週間前の朝に出発して」
「なんだよそれ! だって俺、その前の日の夜に麻乃と会ってるよ? あいつ、帰るなんて一言も言ってなかったぞ!」
「それを僕に言われても……二人が決めたことだし、向こうなら医療所も近いからとか、修治さんのご両親がいて怪我が治るまで手を借りられるからとか、そういう理由があるからじゃないの?」
「俺、明日から今度は北詰所だから、だから今日は――」
ボソボソとつぶやく鴇汰の声があまりにも小さくて、最後まで聞き取れなかった。
強い勢いで食ってかかってきたのは最初だけで、もっと凄い剣幕でくるかと思っていたら予想に反して落ち込んでる。
なんだか少し拍子抜けした。
「当分は向こうにいるって言っていたけど、僕は資料のやり取りや連絡もあるし、しばらくは中央で休みはいつでも取れるし、なんなら鴇汰さんの次の休み、一緒に行ってみる?」
うなだれてふて腐れていた顔がビックリするほど明るくなって梁瀬のほうを向いた。
(聞き取れなかった言葉は、麻乃さんの顔を見ておきたかった、ってところかな? わかりやすいっていうか――犬みたいだな。鴇汰さんは)
「その代わり、そのときは運転と荷物持ち、よろしくね」
鴇汰の肩をたたくと、資料を抱えて部屋に向かった。
翌朝、西詰所に移動する穂高と巧の車に一緒に乗り込み、修治の自宅前まで送ってもらった。
「じゃあ、シュウちゃんによろしくね」
巧が言うと、穂高が軽くクラクションを鳴らし、走り去った。
それを見送ってから、大荷物を抱えて呼び鈴を鳴らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます