第30話 幼き精鋭たち ~麻乃 5~

 道場に戻ってきたのはちょうど昼どきで、高田の娘の多香子が、裏口から調理場に入ろうとしているのが見えた。


「多香子姉さん!」


 その後ろ姿に駆け寄ると多香子は振り向き、ニッコリと麻乃に笑いかけてくれた。


「麻乃ちゃん、久しぶりね。また父さんに無理させられたんですって? うんと文句を言っておいてあげたからね。シュウちゃんも、父さんが無理を言ったときはちゃんと止めてくれなきゃ駄目よ」


 後ろの修治を軽く睨んでその手に食材の入った袋をあずけると、多香子は調理場へ入った。


「……だってさ、シュウちゃん」


 ニヤニヤと笑いながら、麻乃は肘で修治の脇腹を突いた。


「うるさいんだよ。おまえはさっさと着替えてこい」


 そう言って麻乃の頬をつねり、修治は手伝いをするために、荷物を持って調理場へ入っていった。


 多香子は麻乃より六歳年上の三十歳で、師範としてやってきた高田と一緒に西区に越してきた。

 最初のころは打ち解けることができなかった麻乃に、根気強く接してくれ、妹のようにかわいがってくれた。


 家事が得意でとても優しく良く気のつく人で、麻乃とは正反対のタイプの女性だ。

 子どものころからずっと憧れている姉も同然の人だ。


 奥の部屋で着替えを済ませると、子どもたちのざわめきと食事の準備でごった返した食堂へ入り、高田の向かいに座った。


「ご心配おかけしました」


「いや、私がおまえに無理をさせたからな。多香子にこっぴどくやられたよ。すまなかったな。ところで、どうだ? うちの門弟たちは」


 子どもたちを見回した高田に問われ、同じように麻乃も食堂に視線をめぐらせる。


「そうですね……なかなか面白い子たちがいますね」


「そうだろう? 今年、恐らく印を受けるだろうやつらが数人いるのだが……しばらく西区にいるのなら、時間のあるときに顔をださないか? どうもおまえがいるだけで、門弟たちには良い刺激になりそうだ」


 洸たちの姿を見つけると、少し首をかしげて考え、その姿をジッと見た。

 洸は視線に気づき、挑むような目で麻乃を見返してくる。

 それに答えるように挑発的に笑みを浮かべてみせてから、視線を外した。


「隊員の選別と訓練もあるので、毎日はこられませんけど、いいですよ、来ます。面白そうですから」


 そう返事をすると、高田はホッとしたような表情を浮かべた。

 生意気なやつらが多いようだから、きっと高田も手を焼いているのだろう。

 少しでも手助けになるのなら、と思った。


 塚本と市原も交え、子どもたちの今の訓練状況を聞いていると、食事の準備すべてを済ませた修治と多香子も食堂へ入ってきた。

 全員がそれぞれ自分の食事の給仕をし、一斉に食べ始めた。


「おまえ、一体なにをやったんだ?」


 食事の最中、修治が小声で聞いてきた。


「別に、なにもしていないよ」


「なにやら偉く注目されているじゃないか。おまけに向こうの隅の連中ときたら、半ば殺気立っているぞ?」


 確かに、ずっと子供たちの視線は感じていた。もちろん洸たちのことも。


「あのさ、隅にいる十六歳組の中のね、左から……えっと、二番目のやつ。あれは面白いよ」


「ん? あのデカイのか?」


「そうそう、おっかしいの。立ち居振る舞いも似てるんだけどさ、昔の鴇汰と同じことをいうんだよ」


 麻乃がクスクスと思い出し笑いをすると、修治は眉をひそめた。


「昔の、ってなんだ?」


「あ、そっか。あのときはもう修治はいなかったんだ」


「だから、なにがだ?」


「あたしが最後の地区別演習でさ、東区と当たったの。そのときにね、鴇汰と穂高に出くわして、ちょっとからかったんだ。そしたらあいつってば、偉い勢いで突っかかってきてね、そのときに言われたセリフとまったく同じこと、今日の演習であの子に言われたよ」


「なんて言われたんだよ」


「次は絶対負けない、俺は絶対負けない、ってさ。あたしには最後の演習だったから、次なんてなかったのに。あいつあのとき、あたしのことをいくつだと思っていたんだか」


 頬づえをついて少し下に目線を移し、麻乃は昔を思い出して笑いながらも、おかずにはしっかり箸を伸ばした。


「肘をついて飯を食うな」


 呆れ顔で修治がつぶやいた。

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