幼き精鋭たち

第23話 幼き精鋭たち ~麻乃 1~

 麻乃は森の入り口に立って腕を組むと、呼吸を整えてから大きく息をはいた。


(さて――どこからいこうか)


 入り口から、多分そう離れていない場所に三カ所、人の気配を感じる。


(まずは、年少の子たちから先に帰すか)


 左手に向かい、気配を抑えながら木々の間を抜けて森の奥へと進んだ。

 進むほどに子どもたちの気配を強く感じて苦笑した。


(こんなに気配丸だしで……まあ、こんなものだろうけど、まだまだ甘いな)


 風が少しでてきて、青々と茂った葉がさわめいて揺れている。

 なびく髪を整えた麻乃は、周囲の立木を仰ぎ見た。


 ふうっとまた息をはき、大木に身を寄せて前方に視線を移すと、赤い組ひもを揺らしている十一歳組の姿がうかがえる。


 キョロキョロと周囲を見回しているところを見ると、麻乃を確認するための見張り役、と言ったところだろうか。


(ふうん……それなら早速、姿をみせておこうか。そのあと、ほかの子どもたちがどう出るか……)


 木陰から飛び出ると、一気に間合いを詰めた。

 麻乃の姿に気づいて、一人が手にした槍で向かってくる。

 もう一人が鳴らした指笛が、木立の中に響き渡った。


 背中に手をまわして脇差を抜くと、槍を横から弾いて返し、両手があがった隙に組みひもを斬った。

 そのままもう一人の背後に回り込み、切っ先を組みひもにかけて斬り落とす。


「見張り役、ご苦労さん。気をつけて戻りなよ」


 あんぐりと口を開けたままで立ちつくす二人にそう言うと、落ちた組みひもを拾ってベルトに通した。


(まずは二人……)


 ゆっくりと歩き、麻乃はさらに森の奥へと進む。

 入り口で感じた気配が、指笛を聞いて少しずつ麻乃に近づいてくる。

 右手から三人、後ろから二人か。


(……うん、どっちも年少の子たちだな)


 立ち止まって、靴ひもを直すふりをして屈み込んだのを隙とみたのか、早々に後ろの二人組が飛びかかってきた。

 屈んだまま、麻乃はくるりと向きを変えて刀を受け、右足で二人の足を払い転倒させた。


「うわあっ!」


 重なり合って倒れた上に馬乗りになると、悠々と組みひもを斬った。


「こんな簡単な手に引っ掛かってちゃ駄目だよ。ちゃんと相手の隙を見極めてからかからないとね」


 二本奪って、またベルトに括りつける。

 そのあいだに三人組はさらに間合いを詰めてきて、あっという間に囲まれた。

 左半身を退いて斜に構え、右手で脇差しを抜く。


「やあっ!」


 と、麻乃に向かって一斉に茂みから飛び出してきた。

 突き出された切っ先を脇差ではじき、大きく振りかぶった三人のあいだをすり抜けるように動きながら、組みひもだけを狙って斬り落とす。


「うわっ! 速い!」


「無駄に振りが大きいよ。相手を逃がす隙をつくる。もっと動きを小さく鋭くしなきゃ駄目だ」


 落ちた組みひもを見て呆然としている子どもたちに声をかけ、次へと向かった。


 気配をたどりながら進むあいだ、一人だったり固まっていたりと、次々に仕かけてくる子どもたちを相手に、麻乃はその動きの悪さや無駄を指摘しながら、あっさりと組ひもを奪い続けた。


 今、ベルトには四十五本、括りつけられている。

 ここまで歳の下から順番に相手をしてきた。

 少し前から、十五、十六歳の子どもたちと接触を始めている。


(うちの門弟たちはなかなかやる)


 高田や塚本がそう言った意味をかみしめていた。

 全員、逃げたり隠れたりせず、しっかり立ち向かってくる。

 確かに筋がいいし気迫もいい。

 子どもの癖にみんな度胸もよさそうだ。


 残りは十五歳組が二人に、十六歳組が五人。

 少しは手ごたえを感じさせてくれるのだろうか?


(なかなかやる……とは言ってもねぇ……)


 ザザッと麻乃の背後で木々が揺れた。

 気配が濃い。

 この先に残りがいる。


(だけど、その前にまずは……)


 麻乃は勢いをつけてジャンプすると、目の前の木を踏み切り、反対側の木の枝に飛び乗った。


「うわっ!」


 その枝に潜んでいた子どもが驚いて小さく声をあげ、飛び降りたのを追った。


「木の上に潜んで相手の様子を見るのは正解」


 麻乃の左腕を狙って斬りつけてくる刀を受け流す。

 スッと後ろに回り込むと腕を取ってねじりあげた。


「でも、枝を飛び移ってあとを追うのは、枝を揺らす音と葉や枝を落として、相手に位置を知らせるから不正解」


 必死で振りほどこうと体をよじって暴れるのを、ガッチリと抑え込んで組ひもを斬った。


「くそっ! いつから気づいていたんだよっ!」


「そんなの、森に入ったときからずっとに決まってるじゃないか。キミが十五歳組だから、年少の子たちを帰すまで泳がせといたんだよ」


 フフン、と麻乃は鼻で笑い、森の奥を目指して歩きだした。

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