第14話 過ちの記憶 ~修治 4~
麻乃はボウガンを持った敵の腕をすくいあげて斬り落とした。
そのまま振りおろす力で一気に袈裟懸けに斬り倒した。
次に、大柄のやつが父親の体を貫いた槍を抜こうとしたところを、懐にもぐりこんで喉を一突き。
残った弓使いが焦って麻乃に斬りかかるも、麻乃は簡単にそれをかわし、腹を一突きにしてそのまま横へ切り裂いた。
真っ赤な血が噴き出して、麻乃を染めた。
ほんの数十秒のことだった。
それだけの時間で、六歳の子どもが大人を三人も斬り殺した。
返り血をあび、興奮して肩で息をしていた麻乃は、異様な雰囲気をまとっていた。
「……麻乃」
呼びかけた修治の声さえも判別できなくなっていた麻乃は、今度は修治に斬りかかってきた。
ひと振り目をどうにかよけたものの、完全にはよけきれずにわき腹を浅く斬られ、その刃は木の幹に当たって食い込んだ。
間近で向き合った麻乃の黒髪が、陽に透けているにしては、やけに赤い色をしていた。
見つめあった黒い瞳も変に赤みをおびていて、それまで感じたことがないほどの殺気を含んでいる。
修治はとっさに、そばに倒れている父親の手から刀をもぎ取って構え、振りおろされた母親の刀を受けた。
「……っつ!」
その瞬間、鋭い金属音が響き、柄を握った手には刺すような痛みが走った。
それは麻乃も同じだったようで、二人の手から刀が落ちた。
敵兵を追っていたほかの戦士たちが、麻乃の叫び声を聞きつけてその場に着いたときには、両親の息は絶え、麻乃は気を失って倒れていた。
斬られた脇腹を押さえてその場に座り込んでいた修治は、呆然とその光景を眺めるだけだった。
そのあと、すぐに戦士たちの手で医療所へ運ばれた。
麻乃はショックが大きかったせいか、何日も目を覚まさない。
麻乃が心配で、日に何度も病室を訪れては様子を見にいっていた。
その帰り、修治は病室の前で大柄の男に声をかけられた。
「修治くん、だったね?」
「はい……」
「私は蓮華の
そう名乗った男は、麻乃の両親がいた部隊の隊長だった。
一見、とても怖そうだけれど、修治を見る目は優しかった。
傷に負担が掛かるからと病室に戻され、高田はベッドの脇に椅子を寄せて腰をおろした。
「あの日、砦でなにがあったのか思い出せるかぎりをできるだけ詳しく話してほしい。きみにとっては思い出すのもつらいだろうが」
最後にそう付け加えた。
修治と麻乃を本当に心配してくれるのを感じたし、高田にも立場があるのはわかる。
信用して包み隠さずなにもかもを話した。
演習を抜け出し、あんな場所にいたために、麻乃の両親が亡くなってしまったこと、麻乃が倒れた母親の血に強く反応したこと、そして最後に、麻乃の黒髪と黒い瞳がやけに赤く見えたことも。
麻乃の父親の家系には、まれに
その姿は紅い瞳と紅い髪――。
高田はあの場を見ておおよそのことを察し、今の話しを聞いて確信した、と言った。
麻乃が鬼神の血を受け継いでいる、と。
あのとき、麻乃は覚醒しかけた。
本来は精神的に安定してくる洗礼の時期に覚醒するだろうはずが、両親を死なせてしまったショックと罪の意識で、一時的に目覚めてしまったのだろう。
まだ不安定な子どもの時期に。
それから半年ほどのあいだ、麻乃は口をきくこともできなくなってしまった。
笑ったり泣いたりといった感情も覚醒しかけたときの記憶とともに忘れたかのように、ただ、ぼんやりと過ごしていた。
両親を失った麻乃は、修治の家で暮らすことになった。
麻乃の血筋については、親同士が親しくしていたこともあり、修治の両親もすべて承知していたようだ。
容姿が多少変わったくらいでは、麻乃に対する態度になんの変化もみせなかった。
だからなのか、麻乃も安心感を得たように、少しずつ言葉も感情も取り戻していった。
それまでの暮らしが戻りかけたころ、また高田がたずねてきた。
今後、すべての責任を自分が負うので、麻乃を引きとらせてほしい、と高田は申しでてきたのだ。
けれど、修治の両親は強くそれに反対した。
三人がずいぶんと長い時間をかけて話し合いをした結果、麻乃はこのまま修治の家で暮らすことになった。
ほどなくして、蓮華を引退した高田は、修治と麻乃の通う道場へ師範としてやってくることになった。
修治の両親は、表立って反対はしなくても、麻乃だけでなく修治が戦士を目指すことにも良い顔をみせなかった。
それでも、修治も麻乃も高田のもとで、今まで以上の訓練を続けて腕をあげ、ついには洗礼で蓮華の印を受けてしまった。
最後には両親もあきらめ、今では戦士として生きていくことを認めてくれている。
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