第13話 過ちの記憶 ~修治 3~

 修治は当時八歳、麻乃はまだ六歳だったけれど、もう大人を相手にするほどの腕前になっていた。


 演習でのノルマは、道場ごとに色分けされ、それぞれの左腕に巻いた組みひもを、時間内に自分の道場以外から五本奪うこと。


 それは二人にとって至極簡単なことで、早々にノルマを達成すると、こっそり抜け出して西浜の防衛戦を見にいった。

 崖をあがった砦の近くに大きな銀杏の木があって、登ると海岸を一望できる。


 それまでも二人で何度も抜け出しては、銀杏の木にのぼり、戦闘を眺めていた。

 その日もちょうど襲撃があったようだった。

 敵軍はヘイト。

 兵数も多かったのに、泉翔の戦士たちは決して多くはない隊員数で、倍以上の敵をあっと言う間に倒していた。


 その姿に魅せられ、いつか自分たちもあの場所に立つんだと抜け出してくるたびに互いに誓いあった。

 修治と麻乃の目ざす姿が、そこにあったから。

 高揚する気持ちを抑えきれないままに、もう一度、海岸に目を向けると、堤防のあたりで戦士たちが忙しなく動いているのに気づいた。


「なんだろう? なにかあったのかな?」


「修治、あっち!」


 麻乃が指をさしたほうを見ると、敵兵がよろめきながら砦に続いている道を走ってくる姿があった。


「堤防を抜けられたんだ……」


 これまで、こんなことは一度もなかった。

 戦士たちが堤防を抜けられるなんて。


 砦は今、使われていないけれど、武器が保管されていることは知っている。

 海岸の様子から見て、何人かが追ってきてはいるだろうけれど、追いつく前に敵兵が砦に気づいたらどうするんだろう。

 崖をおりた森では、今まさに演習中で、そのさらに向こうには街がある。


(もしも武器を取って入り込まれたら――)


 フッと不安がよぎる。麻乃が身を寄せ、声をひそめてつぶやいた。


「修治、あいつらこっちにくるよ」


 修治は麻乃を見た。

 麻乃も修治を見ていた。


 敵は手負いだ。

 一人は痩せている。

 もう一人は背が低くて小さい。


 どちらも頼りなさそうに見える。

 演習を抜け出してきたから武器はある。


(俺たち二人なら……麻乃と一緒なら、きっと倒せる)


 そう思った。

 案の定、砦に気づいたやつらがこっちに向かってくる。


 息を殺してその様子をうかがいながら、敵兵が木の下を通り抜けるとき、意を決して枝から飛び降りた。

 その勢いで修治が痩せたほうの首筋を肘で打って倒した。

 驚いて振り向いた小さいほうには、麻乃がすばやく足の腱を斬って動きを止めた。


(やった――!)


 と思った。思ったより簡単に倒せた、と。

 ホッとして冷や汗をぬぐったその腕をうしろからつかまれ、修治は木の幹に叩きつけられた。


 打ち込みが浅かったのだろうか。


 痩せたやつは首をもみほぐしながら、修治の前に立ちふさがった。

 ハッとしてこちらを振りかえった麻乃の首を、もう一人の小さいやつがつかんで締めあげたとき、追ってきた隊員が二人、その場に着いた。

 それが麻乃の両親だった。


「おまえたち……どうしてこんなところに!」


 驚いて叫んだ麻乃の両親、その顔色が変わった。

 敵兵は子どもごときに一度でも倒されたことでひどく憤っていた。


 麻乃の首を絞める手にいっそう力が入った瞬間、修治は持っていた剣を小さいやつの背中をめがけて投げつけ、麻乃は残った力を振り絞って、敵兵の脇腹を蹴りあげた。


 敵兵が反撃にひるんだその瞬間に、麻乃の両親が動いた。

 なんの合図をしなくても二人の息は合っていて、父親が修治を押さえていた痩せたやつを、倒れた麻乃を抱きあげた母親が小さいやつを斬り倒した。


 たった一撃で、麻乃の両親は敵兵の命を確実に奪っていた。


「修治、怪我はないか?」


「……うん」


 麻乃の父親に手を借りて立ちあがった修治の目に入ったのは、麻乃の母親が前のめりに倒れるところだった。


 堤防を抜けた敵は二人だけじゃなかった。

 麻乃の母親は、木陰に潜んでいた敵兵に至近距離からボウガンで背を撃たれていた。


「麻美――!」


 駆け寄ろうとした父親の太ももをまた別の敵が放った弓矢がつらぬいた。

 父親の背後からあらわれた大柄の敵兵が、その背に槍を突き立てた。

 声も出せずに立ちすくんだ修治の耳に、麻乃の声が届いた。


「おかあさん……?」


 かばうように麻乃を抱きしめたまま、動かない母親の背中をモゾモゾと小さな手がなぞっていた。

 血に濡れた手を見た瞬間、麻乃はキレた。

 悲鳴にも似た叫び声をあげると、母親が握っていた刀を取って体の下から飛び出した。

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