第10話 西浜防衛戦 ~鴇汰 4~

 修治の報告にあったロマジェリカの奇妙な兵については、ロマジェリカの徴兵状況を含む大陸の各国の様子を、諜報部によって再調査されることになった。

 上層部が出ていったあと、会議室には蓮華の七人が残っている。


「まったく……現役を退くと途端に現場に厳しくなりやがる。大砲なんざ、使ってなんぼだろうに。置いてあるだけじゃ、宝の持ちぐされだ」


「ねえ、麻乃の様子はどうなの? 斬られたっていうじゃない」


 徳丸が憤慨してつぶやき、麻乃と同じ女隊長である第六部隊隊長の中村巧なかむらたくみが、心配そうに修治に問いかけてきた。


「左肩をやられていた。出血が多かったからか、敵が撤退したあと砂浜で倒れていた。それ以外は問題なさそうだ」


 修治が答えると巧は、よかった、と小さくつぶやき、両手で顔をなでた。


「まあ、麻乃のことだから、すぐに回復するだろうさ。これまでのほとんどを無傷でやってきたんだ。たまにはゆっくりするのもいいだろう」


 徳丸の言葉に巧や穂高がうなずいている。

 大した怪我ではないとわかっていても、一人でも欠けることで気持ちが沈む。

 それが麻乃だと、鴇汰にとってはことさらだ。


「でもさっきは、まだ意識が戻ってなかったんだぜ。もしかしたら今も……」


 勢いよく立ちあがった鴇汰は、修治に詰め寄るとその胸ぐらをつかんだ。


「大体、なんだってあんなことになったんだよ! あんた、一緒に出ていたんじゃないのか? あんたがついていながら、なんで麻乃があんな怪我……どうして守ってやらなかったんだ! あんた一体なにをしてたんだよ!」


 鴇汰の勢いに全員が驚いて押し黙り、会議室が静まりかえった。

 空気が張り詰めているのが、鴇汰自身にもわかる。

 修治は軽くため息をつき、面倒くさそうに胸もとをつかむ鴇汰の手を払いのけた。


「おまえ、なにか勘違いしてないか? たしかに俺は一緒に出ていたがな、それは麻乃を守るためじゃない。だいいち、麻乃はあれでも蓮華の一人なんだぞ」


「そんなことはわかってるよ!」


「それに忘れているのかもしれないが、剣術の腕前なら五指に入る手練れだ。それを俺は戦闘のたびに庇いだてして戦わなきゃならないのか?」


「それは……」


「俺たちは蓮華の印を授かったときから、国を守るために命を落とすかもしれないってのを、覚悟のうえで戦ってるんじゃないのか?」


「そんなこと、俺だってわかって――」


「修治の言っていることが正論だな。鴇汰、おまえ今、冷静じゃねえな? 今日はもういいから、帰って寝てろ」


 まるで子どもに言い聞かせるような口調で徳丸に言われ、グッと言葉に詰まった。

 修治の言うことが最もだと、鴇汰も頭では理解している。

 それでも、麻乃のことが気になって仕方がない。


「だけど、あんな傷……あいつ女なのに……嫁のもらい手がなくなったりでもしたら……」


 思わず口をついて出た言葉にハッとした。

 修治以外の全員が、唖然とした顔で鴇汰をみている。

 机に頬づえをついたままの巧が呆れた顔で鴇汰を睨んできた。


「あんたねえ、こんなときに一体なにを言ってんのさ?」


「いや、違う! 俺が言いたいのはそんなことじゃなくて!」


 慌ててほかの言葉を探したけれど、焦りで思考が追いついていかない。

 ポン、と肩をたたかれて振り返ると、岱胡が意味深な笑みを浮かべ、うなずきながら言った。


「鴇汰さん、いいたいこと、っつーか、気持ちはわかりますけどね、浮気は駄目っスよ、浮気は」


「はぁ? 浮気? なにを言ってんだおまえ――」


「まあまあ、みなまで言わずとも、わかってますって」


 岱胡はさらにポンポンと、鴇汰の肩をたたく。

 周囲をみると、梁瀬はニヤついた顔で、巧と穂高は相変わらず呆気にとられた表情だ。

 修治の冷ややかな視線が妙に痛い。


「だから――!」


「鴇汰! いいから今日は帰れ!」


 徳丸が今度はきつい口調で言い放った。

 それ以上、返す言葉が見つけられず、鴇汰はジレンマに押し潰されそうになりながら、ギュッとこぶしを握りしめた。


「わかりました。今日は帰って寝ます」


 会議室の扉を開け、出ていこうとした背中を、修治の声が追ってきた。


「鴇汰、あいつが行き遅れたら、そのときは俺が責任を取る。それで文句はないだろう? このことでは、もう口をはさむな。大きなお世話だ」


「そんなら文句はねーよ! 大きな世話を焼いて悪かったな!」


 カッとして振り返り、修治を睨んで怒鳴ると、後ろ手に思いきり、扉を閉めた。

 廊下へでると、ワーッと頭を掻きむしり、それでも気がおさまらずに壁を蹴りつけた。

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