第9話 西浜防衛戦 ~鴇汰 3~
もう血は止まっていると修治は言ったけれど、出血しすぎたというのは放っておいていいんだろうか?
麻乃の顔色は薄ら青くて触れてみた頬も心なしか冷たい気がする。
(まさか麻乃……このまま死んじまうなんてことはないよな……?)
エンジンの単調なリズムが鴇汰の不安を余計にあおり、少しだけスピードをあげて走った。
西医療所は、先に運ばれてきた隊員たちの処置で混乱して騒々しい。
麻乃を抱えたまま、近くを通った看護係を呼び止めると、今は医師の手が足りてないといわれた。
岱胡の隊員たちが、中央の医療所へ医師を迎えに行っているらしい。
麻乃を空いているベッドに寝かせると、傷をみた看護係が処置を始めたので、鴇汰はそっと部屋を出た。
鴇汰は玄関先で医師を待ちながら待機している隊員たちを集めて様子を聞いた。
医療所に運ばれたのは、火傷や切り傷が多く、命に障りがあるものはいなかった。
川上も、腕の処置に時間はかかっているが、どうやら無事でいるらしい。
ただ、毒矢を受けているから、しばらくは楽観できないということだった。
比較的、怪我の軽かったものは、岱胡の隊員たちとともに、ほかの地区の医療所へ向かったという。
残っているのは動かせない怪我を負ったものたちだけか。
そうしているあいだに、麻乃が治療室へ運ばれていった。
鴇汰は待っていることしかできず、もどかしさに苛立つだけだった。
数十分が過ぎたころ、後処理を終えた修治たちが医療所へ着いた。
一緒にきた隊員たちも、軽い怪我や火傷を負っていて、看護係が簡単な手当てをしている。
「穂高たちは?」
「ああ、ひと足さきに軍部へ向かった。麻乃はどうだ?」
「さっき処置室にはいった。そのときは意識もまだ戻ってなかった」
長椅子に座ったままそういうと、修治も心配そうに処置室をみつめている。
「そうか……このあと、すぐに報告を兼ねた緊急会議をはじめるそうだ。車も用意した。急いで向かうぞ」
「俺は麻乃の様子を見てから戻る」
「馬鹿なことを言うな。そんなわけにはいかないだろう」
「麻乃一人を置いていけるかよ!」
「先生や看護の方々がいるだろう。一人じゃない。おまえも今日は北浜に出ているんだ。報告の義務があるはずだ」
ある程度の長いつき合いで、蓮華のやつらそれぞれの性格がわかっていても、修治のこういう冷めたところを、鴇汰はどうしても好きになれない。
「……わかった。行くよ」
修治を睨むと、わざと大きくため息をついて立ちあがった。
島の中央に位置する街には軍本部があり、施設内にはいくつかの会議室と戦士たちの控え所や食堂、宿舎などのさまざまな設備が整えられている。
軍の上層部は、王族と引退した元蓮華や戦士たちで構成され、昔からの伝統や経験が、世代がかわるたびに受け継がれている。
戦闘以外の細やかな情報処理や収集、諜報部や監視隊も、戦士たちと構成は違えど軍部に管理されていた。
鴇汰と修治が軍部に着いたときには、大会議室にほかの蓮華たちや上層部が集まっていて、全員が難しい顔をしていた。
早々に始まった会議では、鴇汰と岱胡の出た北浜は特に問題なく報告が済んだ。
西浜のロマジェリカ戦について修治の報告が始まると、上層部たちはそろって眉をひそめていた。
戦果はあげたものの、実情は二部隊の援護投入。
一部隊においては、約二十年ぶりになる砲撃の使用。
そして最大の問題は、部隊の崩壊だった。
修治の部隊は三十二人、麻乃の部隊は三十九人もの戦士を失っていた。
その数の多さに、鴇汰だけでなくほかの蓮華たちもなにも言えずにいる。
「補充は予備部隊と訓練生からの引きあげですぐにできるとはいえ、経験不足までは補えない」
「今度のようなことが起きても、すぐに前線には出られないだろう」
上層部の意見は全員が同じだ。
言葉尻は柔らかであっても冷ややかな目が、修治を責めているようにみえる。
麻乃と修治の部隊はともに、これまで欠員が出ることは滅多になかった。
長く一緒に戦ってきたが故のあうんの呼吸ができていた。
半数以上の入れ替えのなると、動き一つにもなんらかの支障がでるだろう。
二人の部隊は当分のあいだ、出撃の差し控え、早急な隊員補充とその訓練をすること、という名目で謹慎が言い渡された。
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