第29話 人として

「おいガンの精霊、そこのオトコオンナがお前を返せと言ってるがどうする?」


 碧がこっち見たけど目が変、魔王に何かされたのかな。


「にゃろ~、あたしの料理が成層圏らって~? だったらマリアナ海溝にしてやるミミガ~」


 わおー、やっぱり何かされたみたいだよ。


「余りにヒドイ事を言ってくるので頭が混乱する魔法をかけたのだ、クックック」


 クックックじゃないよ、魔王メンタル弱過ぎなんだけど。


「で、貴様らどうするつもりだ? 我を攻撃するか? ブレス、直接攻撃、魔法攻撃、何でもいいぞ。だがその瞬間、このTSガンを握りつぶすがな、クーックックック!」


 まあそう言うに決まってるよね。


「翼殿」

「翼よ」

「わかってるよ、話した通りここは俺に任せて」


 これまで碧がTSガンを自力で動したのはすげえ怒った時、つまりこうすればいい、っていうかこれしかないんだけど。


「碧ー、先週焼きそばの材料買って来た時ニンジン売り切れ言ったけどあれ嘘、だってニンジン嫌いだから」


 おっ、碧の眉間に皺が寄った。


「にゃ、にゃんですって~」


 TSガンが動いて――ないか。


「クック、何の真似だ?」


 どうやら碧が怒るとTSガン動かせるの知らないみたい、これはワンチャンありだよ。


「だが何となく嫌な予感がする。どれ転移魔法で全ての魔王軍をここに集めるとしよう、クックック」


 マジッ!? ってそこら中にすげえ数の魔方陣浮き出たよ。

 わおーっ! そっからモンスターわらわら出て来た! こりゃ早く何とかしないと。


「あ、碧ー! この前宿題手伝ったろ、あれ百合妄想しながらやったんで半分位間違ってると思うんだ」

「にゃっ、にゃに~! ありゃこれズッキーニ~」


 ダメか。


「実はお前に送ってるラーインスタンプ、知らないと思って百合キャラいっぱい使ってたんだよー」

「にゃんですって~! あ、あたしが知らないと思ってそんなキモい事してたにゃんて~!」


 これだ、百合ネタだよ!


「いい加減百合卒業しなさいよー、って俺に言うけど多分万年留年、一生無理ゲーなんだけど」


 そういえばコイツ百合嫌いだもんね、これで完全怒るよ。


「……ふっ、ふえ~ん」


 えっ、何で泣き出すの!?


「にゃんで翼はそうなのよ~! にゃんで男のままで……女を好きにならにゃいのよ~!」


 ちょっ、何言い出してんの?


「あたしは……あたしは普通がいいの! 普通に男の翼と付き合いたいの~! にゃんで、何で翼は女同士がいいの? 何で百合じゃなきゃダメなのよ~!」


 えっ!? 付き合いたい? って、碧も俺の事好きなの!?


「むほ、翼殿ー! 数多すぎて大変なりー!」

「さすがの儂でも少々堪えるのう」


 やべえ、二人が押され気味になってる。


「碧! こっち戻って来てよ! そしてじっくり話そう!」

「あたしは普通がいいのに翼は百合がいい~! どうすればいいの~? あたしは普通がいいのに、普通がいいのに~!」


 俺って何なの? 碧がこんな苦み抱えてるの全然気付かなかった。


「碧、ごめ…」


 謝って済む話じゃないんだけど! って話? 

 そうだ、アイツに今しなきゃいけないのはお話だよ。


「碧ー! お話! 俺のお話聞いてくれー! ある所に――


 女になりたい男がいました。


 男には幼馴染の女がいて、いつもお節介を焼いて来るのにウンザリしていました。 


 男は女になる事ばかり考え、幼馴染が自分に好意を持っている幼馴染の気持ちにまったく気づきませんでした。


 そんなある日、二人は見知らぬ世界へ飛ばされます。


 驚いたことに男は女の姿になっていました。


 旅を続けるうち、男はやっと幼馴染の気持ちに気づきます。


 そこへ悪者が現れ、幼馴染をさらってしまいました。


 男が幼馴染を取り返しに来ます、その男に幼馴染はこう言い放ちました。


 わたしが好意を持つのは男のあなた、でもあなたは女になってしまった。わたしはどうしたらいいかわかりません。


 そんな幼馴染の気持ちもわからず、女になって浮かれていた憐れでバカな男はこう言い放ちました。


 わたしは女同士の恋がしたくてお前を好きになったのではない、わたしはお前を人として、ひとりの人間として好きになったのだ。お前はどうなのだ? お前はわたしを男以前に、ひとりの人間として好きなのか? 教えてくれ――


「俺の所に戻って教えてくれ、碧ーーー!!」


 この手に! この手に戻って来て欲しいんだけど! って碧の目が元に戻った!


「翼ーーー!!」


 TSガンが魔王の手から離れたよ!


「なっ? そんな! バカな!?」


 戻って来た! TSガンが、碧が、俺の手の平に戻って来たよ!


「あたしも~! あたしもひとりの人間として翼が好きだよ~!」

「碧!」


 思わずTSガンに頬を寄せてしまう。


「ちょっ、どこ触ってるのよ!」

「わベッ!」


 回転したTSガンに頬打ちされた、ってこんな事してる場合じゃない。


「あ、碧」

「わかってるわよ、翼~」

「よし、TSガン!」

「GO~~~~!」


 わおっ、何かTSビームすげえブッといんだけど! って変なカッコで逃げようとした魔王の背中にクリーンヒットしたよ。

 後はビームが効くのを祈るばかり、ってわざわざTSガン奪いに来たから効くはずだよね。


「グッグッグぅぅ! グおおおッッ!!」


 おっ、効いてる効いてる。


「ちょっと翼~! 早くマドリーちゃんとノエルさんを援護しなきゃ~!」


 やべっ、一安心してる場合じゃなかった。


「碧」

「オッケ~翼~」

「TSマルチプル!」

「GO~~~!」


 TSビームが発射、モンスターの数だけ枝分かれして飛んで行く。

 その数分後、TSで脱力中のモンスターの群れが床に転がっていた。


「ぐっ……うう……」


 おっ、魔王のTSが完了したよ、って顔を覆ってた兜転がってんだけど。


「お、女! 我が女に……なってる!」


 え? あれが魔王!? ちょっと待って、何か俺に似てる気がするんだけど。


「つ、翼? ねえ翼~! あれってアンタでしょ? 何で? 何で~!」

「むほー! 魔王が翼殿なりー! むほ? そうなるとこっちの翼殿は、む、むほ?」


 マドリーも俺と魔王見ながら頭抱えてるよー!


「そんな事より、これはどういう事じゃ翼?」


 俺だって知らないよ! ってノエルも冷静な顔から下が震えてんだけど。


「ねえ魔王、何で俺と同じ顔してんの?」

「そ、それより我を……我を元の姿に……もどっ、戻すのだぁ……!」


 まだTS直後の脱力感続いてんだ。

 それにしてもこいつの中二病な喋り方、誰かに似てると思ったら中学ん時の俺だよ。


「もっかい聞くけど何で俺と同じ顔なの?」


 這いつくばりながら目を逸らしたよ、じゃあ別な質問。


「俺の知ってる魔王はTS百合には全然興味無いはずだけど、何でお前そんなに憎んでるの?」

「……貴様、自分の男らしい所を言ってみろ」


 は、こいつ急に何言い出してんの? って男らしい所ね……うーん……思いつかない。

 無いと言ったら鼻で笑われた。


「クックック、やはり我の思った通りか。男である自分に劣等感がある、だから男を完全排除した百合世界に憧れる、そして自分も女になってその世界の住人になりたい。実に倒錯的な現実逃避だ。だからTS百合は許し難い、くだらん! TS百合なぞこの世の害悪、根絶すべきなのだ!」


 あ、こいつダメ、絶対わかりあえないタイプ、何より許せないのは――


「俺と同じ顔でそんな事言うな!」


 やべっ、ガチで怒ってしまったよ。


「そうなりそうなり! 翼殿の顔で何言ってるなりー!」

「その顔でその発言は見過ごせんの、魔法でTS百合最高と額に文字を刻んでやろうかの」

「何言ってるのよ翼の顔したアンタ~! 翼のTS百合好きは逃避なんて生温いもんじゃないんだからね~!」


 みんなが騒いでくれたおかげで完全に怒りが消えた。


「ところでもう一回聞くけど何で俺と同じ顔なの?」

「それは~」


 ん?


「あたしが説明するわ~」


【最終話予告】

 名探偵アオイがメガネを光らせ、トランペットの音楽をバックに事件の全容を説明する。

「犯人はあんたよ~!」

 向けられた指先の人物とは、的な最終話。

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