第18話 スペスペスペシャルコーヒー

 窓に浮かぶ緑色の月が王都庁舎の長い廊下を照らす。

 俺たちはそこを歩きながらモブ王の寝室に向かっていた。


「むほっ、誰か来るなり」


 目の良いドラゴンらしく、マドリーが長い廊下の向こうから来る人影に気付いた。


「やり過ごそう、くれぐれも音は出さないで」


 壁に背中をくっつけて息を潜めた。

 恐らく警備員か何かであろう、確認するよう動く懐中電灯の明かりが近づいて来た。

 明りは懐中電灯ではなかった、指先から出している光の魔法だった。

 さすがは魔法王国、といったところ。

 俺たちに光の魔法を当てつつ警備員は通り過ぎた。

 ドラゴンの巣に行く時役立った、姿や気配を完全に消すステルスジェルがここでも大活躍。


『ねえねえ翼~』


 警備員が見えなくなったところで碧が顔を近づけてきた。


「何?」

『このイベント、アンタが作ったんじゃないでしょ~?』

「うん」

『お、お化けとか出ないでしょうね~』


 いや、だからこのイベント俺作ってないから、お化け出るとか知らないから。

 待てよ、そういえばコイツそういうのスゲエ苦手だったな。

 って何? 下アゴ震わせてこっち見てんだけど。


「俺いるし、マドリーもノエルもいるじゃん」

『そ、そうよね、そうよね~』

「それにお前TSガンの精霊だから、お化けも同類と思ってスルーするよ」

「そうよね、そう……」


 あれ? 急に膨れっ面になってそっぽ向かれたよ。

 まあいいや。


「ねえノエル、モブ王の寝室ってもっと奥にあるの?」

「そんなことより……」


 ノエルがくわっと鋭い目を大きくさせた。

 怖いんだけど。


「TS自由軍のリーダーはどうなったのじゃ!」

「うるさいなり、警備の人が戻ってくるなり」

「何じゃと! マドリーとやら!」


 ノエルが長身の体を曲げながらマドリーに顔を近づける。


「何なり! 漫画泥棒のクセになり!」


 あの大人しいマドリーがつま先立ちでノエルに顔を近づけてる! やべえ、マドリー怒りナメてた。


『ふ、二人共止めてよ~。ね~、ちょっと翼~』


 碧から鎮火要請を受けた俺はノエルにこう言った。


「行けば全てわかるから落ち着いてよ」


 それに姿勢を正すノエルだったが表情はピリピリしたまま。

 何故TS自由軍リーダーを捕まえるのに自分の弟とアリアさんの寝室に行かなければならないのか、と思っているのだろう。

 いや、無駄に歳を取ってないノエルの事だから、鋭い推測でこっちの意図を読んでピリピリしてるのかもしれない。


「そこじゃ」


 モジャ髭のアゴがしゃくる先に、立派な木の扉があった。


「どうするつもりじゃ?」

「えっと、気が進まないと思うけど――」

「そんなことより、儂を使って部屋に入ろうというならお断りじゃぞ」

「違うよ、一緒にこうして欲しいんだ」


 立派な木の扉に耳をくっつける。


「盗み聞きとは、何という恥知らずな事を」


 吐き捨てるノエルを無視してマドリーを誘った。


「むほ……ちょっと気が引けるなり」

「いいからいいから、物凄く大事な話聞けるから」


 俺の言葉におずおずと耳を当てるマドリー。


『ちょっと翼~、あたしも聞きたいわ』


 てっきり怒ると思ってた碧がそう言ってきた。


「はいどうぞ」


 扉にTSガンを近づけると、吸い付くよう耳を当てた。


『……あっ、モブ王とアリアさんの声聞こえる~』

「むほ、結構はっきり聞こえるなりね」

『ねえ、これ怒ってる声じゃない~?』

「何か苦しそうな声もするなり」

「なんじゃと!」


 いてっ! ノエルが突っ込んできた。

 何か凄い顔で扉に耳押し付けてんだけど。

 まあ一緒に聞くことになって結果オーライ。

 ということで一緒にモブ王とアリアさんの会話を盗み聞き。


「うん? 今何と言ったかね、もう一度言ってみなさい!」


 いきなりモブ王の怒り声。


「うぬぅー」


 お怒りノエルのハッカ臭い鼻息がこちらの頭に当たる。


「お、お願いします、TS信者を捕らえるのはもうお止めください、モヴリアーノ様!」

「ええい! 私に意見するとはどういうことかね!」

「ああっ、お許しください!」

「黙りなしゃい!」


 やはりスパロー帝国と同じような展開、ってか相変わらず噛んでるし。


「うぬぅ、もう我慢ならん! レベル38魔法マスターキー!」


 ちょっノエル、今鍵開けちゃダメ! 入るにはまだ早――


「ああー!」


 鍵の開く音と同時に変な悲鳴。

 扉を押し開けようとするノエルの動きが止まった。


「また噛んでしまいました! どうかお許しをー、アリア様!」

「んもォ、あなたは本当によく噛むわねェ、モブリアーノォ」


 チラっとノエルを見ると鋭い目を大きくして固まってる。


「ではこれをお飲みなさい、それで許してあげますわァ」

「お、おお! アリア様から直々に飲ませて頂けるとは何たる幸せ!」

「黙ってお飲みなさい」

「は、はい、ゴクッ……んぐっ!!」

「スプーン大盛3杯、追加で大盛1杯弱の砂糖を入れたコーヒーがあなたの好みでしたわよねェ? 今回はスペシャルサァァビス大盛30杯入れましたわァ、どう? わたくし謹製スペシャルコーヒーはァ?」

「うっ、うええっ! あっ、あまっ! とんでもない甘さです! アリアしゃまー」

「とんでもない苦さ、ですってェ? んまァ、このわたくしにもっと、もォォっと砂糖を入れなさいと言うことですわねェ」

「そ、そんにゃあ!」


 何かスプーンで掻き混ぜる音がしてんだけど。


「はい、大盛り20杯追加ァしましたわァ、さっ、スペスペスペシャルコーヒーをお飲みなさいィ」


 スペを多くすればいいってもんじゃないと思うけど。


「は、はい……うぐぁ! あ、甘い! ううー、甘くてジャリジャリしゅるー! こんな劇甘コーヒーを飲んだら私はー!」


 ど、どうなるの?


「絶頂してしまいましゅー! 」

「オホッ! オホホホォ! よろしくてよモブリアーノォ、わたくしのスペスペスペシャルコーヒーで思う存分絶頂なさいィ!」

「はいーっ、絶頂しましゅー!」


 何か凄いことになってんだけど。

 でも確信した。

 召使いになりすました傾界の魔女が皇帝を洗脳、一方で帝国に不満を持つ地下組織のリーダーになり、捕まった場合に備えて自分の記憶を消す魔法を構成員かけてから帝国内を混乱に陥れるよう命令する、というスパロー帝国のイベントと同じ設定だ。

 まあ激甘コーヒーで洗脳というのは無いけど。


「うぬぅ……」


 さっきから石化みたいに固まってたノエルが小さく唸る。

 この会話を聞いていれば当然といえば当然――


「むんっ」


 ちょっ、扉開けたよこの人!


「むほぉ!?」

「うわっ」


 マドリーに覆い被さる形で部屋の中へ倒れ込む。


「痛いなり!」

「ちょっと翼、早くどけてよ! マドリーちゃん痛がってるわ!」

「ごめん!」


 マドリーから体をよけると、白いガウン姿のアリアさんと目が合った。


「きゃあ、何ですか! あなた達!」


 あれ? こっち見えるってことはステルスジェルの効果切れてた?

 それにしても何白々しい演技してんの?


「むっ、キミらは昼間会ったTSの者ではないきゃね」


 え? モブ王が普通に戻って――ない! 口からコーヒー垂れてんだけど、めっちゃ恍惚顔してんだけど。


「これは一体どういうことです、ノエル様」


 白々しくアリアさんの演技続けちゃって、とはいえコレどう言い訳すんの? ノエルが勝手に鍵開けたからだよ。


「失礼したアリア殿、実はこの者達がのう、TS自由軍リーダーの事を直接王に言いたいというので連れてきたのじゃ」


 こうなるのを3年前から知ってた様に嘘ついてる、すげえ。


「すると事もあろうに儂を出し抜くと、魔法で鍵を開けてこの部屋に入ろうとしたのじゃ、恐らく王を人質にしようと企んだのじゃろう」

「むにゅにゅー!」


 例のごとくマドリーが激おこ寸前。

 素早く手首を取って俺のDカップの谷間に押し込むと大人しくなった。


「まあ! そんなことがあったのですね、恐ろしい」


 ホント恐ろしい、よくもまあこんなに嘘をペラペラ言えるもんだ。

 こういうトコも無駄に歳を取ってないからか。

 とはいえここはノエルの嘘に合わせよう。


「くそー、もう一歩だったのにー」


 そう言って胡坐をかくと、ペシーンと太腿を叩いた。


「感謝しますノエル様、それではおやすみなさいませ」


 スパロー帝国のイベントではここで退散、翌日大勢の家臣の前で正体を暴く流れ。


「そんなことより」


 何お得意のセリフ言ってんの! ここは退散しないと。


「そのコーヒー、儂が渡したバオルル産のコーヒーじゃろ」

「え?……そ、その通りです、とても素晴らしい香りと酸味ですね」

「うむう? その感想じゃとコーヒーに隠されたもうひとつの味に気付いておらぬようじゃな」

「そ、そうなのですか?」

「うむ、もう一度飲んで当ててみなさい」

「え?」


 アリアさんが手にしたカップを見てわずかに口を歪めた。


「いえ、そのォ……」

「アリア殿ならもう一口飲めば隠された味に気付くはずじゃ、さっ、早く飲んでみなされ」


 ノエルがニコニコ顔で近くのソファーに「どっこらしょ」と座った。

 何て爺さんだ、激甘コーヒー飲むしかない状況にアリアさんを追い込んだよ。

 どうしよう、ホントは退散しなきゃいけないのに目が離せないんだけど。


「んっ……」

「どうされたアリア殿、儂のコーヒー、実はお口に合わんかったかの?」

「い、いえ……そのォ……」


 アリアさんの顔、お母さんのキツイ視線浴びながら青汁飲もうとする子供みたいだよ。


「うくゥ……ゴクン」


 遂に観念して一口飲んだよ。


【19話予告】

 舌を引っこ抜きたくなるバカ甘コーヒーを飲んだアリアのパチもんに異変が。

 その正体は、的なお話

 

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