第16話 TSして百合に戻りたい大賢者
『ええ~!?』
「むほー!?」
碧とマドリーが驚いた、って俺も驚いたよ
「歴代の王は生まれつきとても強い魔力を持って生まれてくるのじゃが、儂のは一桁どころか二桁違っててのう、それで生まれてすぐ性転換手術を施されたのじゃ」
『何で~? 何で性転換~?』
「王位を継ぐのは男性のみ、という王室の決まりだからじゃ」
『ひっど~い!』
「むほぉ……ちょっとだけ可哀想なり」
『ぐむむ~! 何よその化石みたいな決まり~!』
「そういう訳で男として生きておったのじゃが、ふとした事で儂は女性として生まれた事を知ってのう。それからが大変じゃった、年頃になると他国の姫との縁談が次々と舞い込んでの」
『中身は女性だから辛かったはずよね~……』
「その通りじゃ、儂の体は男、そんな偽りの体で女性を愛する事は出来ん」
『うんうん、心は女性だもん。男の人を愛して結ばれたいわよね~』
「うむう? 何を言っておるのじゃ」
『え?』
「儂は生まれつきの百合じゃ。早くTSであるべき姿に戻り、百合百合したいのじゃ」
ノエルって生まれつきの百合設定だったのか。
これは俺と話が合いそう、って碧の目が死んでんだけど。
「ほとほと嫌になった儂は、王位を継ぐ位なら放浪の旅に出て二度と戻らん! と周囲に言って城の塔に引き篭もり魔法研究を続けたのじゃ」
世界的な権威が国から居なくなったら一大事だもんね、とはいえ恐ろしい事するお爺さんだよ、わーおっ。
「それで王位に就いたのがあのモブ王って訳ね」
『ぷぷぷ~、翼もたまには上手い事言うじゃない~』
「むほほっ、悪いけど確かにモブっぽいなり」
「そなたら! 儂の弟を笑うでない!」
わおっ! ノエルの鋭い目がくわっと開いたよ!
「なんての……あやつは真面目だけが取り柄の器が小さい男じゃ」
そう言って吐いた溜め息は、モブ王がアリアさんにいちいち確認を取った時に聞こえたそれだった。
「ノエルさん」
「何じゃ」
「アリアさんってモブ王の秘書なの?」
「うむ、じゃが秘書である前に」
ここで再び溜め息。
「王妃、つまり弟の妻じゃ」
これにピンと来た。
碧に「恋愛センサー内蔵しないで生まれたとか可愛そー」と言われた俺でもピンときたよ、わーおっ。
「ノエルってアリアさんに気があるんじゃないの?」
「バ、バカを言うでない!」
鋭い目がくわっとなったがさっきみたいな迫力はない、明らかに動揺している。
「お、弟の妻に恋慕を抱くはずなかろう!」
わーおっこれで決定、やっぱりアリアさんに惚れてるんだ。
そしてTS出来ない理由もそこにある気がする。
「そ……そんなことより、本当にTS自由軍を知らぬのか?」
「無駄に歳取ってない勘でこっちが知らないの認めたでしょ、それよりアリアさんに気があるか教えて欲しいんだけど」
ノエルが机を叩いて立ち上がったのでちょっとビビる。
「大人しくしておれば調子に乗りおって!」
またも目をくわっとしたけど、やはり迫力がない。
ノエルもそれに気づいたようで、例の溜め息を吐くと肩から力を抜いた。
「……確かに、儂は……」
気があるんでしょ、と思ったその瞬間、ノエルの目が素早く別な方へ向いた。
そして黒スーツふたりの前に行くと二度目の指パッチン。
もはや病的なまでの用心深さ。
「た、確かに儂は……アリア殿に……」
目が微妙に泳いでるよ、ちょっと顔近づけないで、息がハッカ臭いんだけど。
「気がある……いや、運命……そう、運命の出会いというものを教えてくれたのじゃ」
わおーっ見たか碧ー! 俺の恋愛センサーは高性能だった。
って、深い皺のあるノエルのほっぺが赤くなってんだけど、ラヴォワ史上最高の大賢者が乙女みたいになってんだけど。
『ええ~! その歳で運命の出会いとかノエルさんカワイイ~!』
「わ、儂をからかうでない――あだっ!? あだだだだっ!」
碧の追い打ちでまたも腰を痛めるノエル。
「それでTS断るのとその話にどんな関係あるの?」
「そ、それはじゃのう――うむう?」
ノエルが黒スーツの前に行くと本日3度目の指パッチンをした。
□ □ □
孤独。
モブ王のもとへ嫁いできたアリアさんを待っていたのは孤独でした。
王国史上最高の天才ノエルの代わりに王位に就いたモブ王は“勝手過ぎる兄では国を任せられないので私が王になった”という言い訳――じゃなく正当な理由を諸国に信じ込ませるべく行脚の日々を送っていました。
そんな訳で嫁いだその日からアリアさんは王都庁舎内にある王専用フロアでぼっち生活を送っていたのです。
『何それありえない~! 知らない人ばっかの新天地なのに、モブ王バカ過ぎない~?』
「そうなり! ノエルの弟だけあっておバカさんなり!」
「何じゃと――あだっ!? あだだだだっ!」
もともと魔法王国への恭順を目的とした政略結婚だからモブ王はそれ程アリアさんに興味なかったのです。
『うわ~、最悪~』
「ノエルの弟だけあって最悪なり」
そんなアリアさんにちゃっかり近づいたのがノエルでした。
なんと婚約の儀で王都庁舎に来た際、彼女に一目惚れしていたのです。
『ノエルさん積極的~、恋愛センサ~ない誰かさんと大違いね~』
「むほ? 誰かさん、って誰なり?」
そこいいから! 物語続けるからね!
ノエルはそんな素振りを微塵も見せず彼女のもとへ顔を出し続けました。
その甲斐あってか、アリアさんの方からノエルを訪ねるようになったのです。
『どきどきワクワク~』
「アリアさん新婚さんなり、不倫じゃないなり?」
そこは歳を重ね分別をわきまえたノエルの事、男女を意識させる素振りは微塵も見せず、またそんな展開に持っていく気もさらさらありませんでした。
友人の様な、子弟の様な二人の関係を維持したのです。
そんなある日、アリアさんがこんな事を口にしました。
“この国は蔑ろにしてますが、互いの性を理解し合えるTSを私は素晴らしいと思っています”
一目惚れの相手がTS支持者であった事に、ノエルは頬をつねらんばかりに浮かれました。
浮かれ過ぎて枕を抱き締めながらベッドの上を転がり回ったせいで、腰を痛めたりもしました。
『ノエルさん可愛い~』
「むほほほほ、おバカさん過ぎるなり」
「なんじゃと――あだっ!? あだだだだっ!」
そんなある日、ノエルの部屋に不機嫌オーラ全開のモブ王がやって来るとこう言いました。
“アリアが足繫く兄上と会っているようですが、どんな会話をしておられるのですか?”
最初はふたりを微笑ましく見ていた使用人達でしたが、これはよからぬ関係になりつつあるのでは、と思ったのでしょう、モブ王に報告してしまったのです。
“会話とな? 様々な魔気の出会いを斡旋して魔法を生み出す話や、コーヒーを飲みながら産地を当てる話じゃが?”
さっきも言った通り、分別をわきまえたノエルはアリアさんと男女の仲になる気はまったくありません、なので嘘はまったく言いませんでした。
そんな訳でここへ来る前、同じ質問をぶつけたアリアさんからも不貞を臭わす話はまるで引き出せなかったのです。
当然モブ王はすごすごと部屋を後にするしかありませんでした。
『あったまイイ~、そしてモブ王ざまあ、よね~』
「やっぱりノエル計算高いなりー!」
それがよほど悔しかったのか、モブ王は不貞の言質を取るべく使用人を集めて聞き取りを始めました。
結局不貞の証拠は出ませんでしたが、代わりにTSについて熱く語る二人の会話が浮上したのです。
何とモブ王はこれに喰い付きました。
『え~、喰い付いたってまさか~』
「TSになり?」
そうです、TSの部分に喰い付いたモブ王はこんなお達しを国内に出してしまったのです。
〔TS思想に賛同する者はただちに拘束、矯正施設へ収監する〕
もともとTSを容認しない認めない魔法王国でしたが、突如こんな強権を発動したのでTSに賛同的な国々に動揺が走りました。
【17話予告】
個人的逆恨みでモブ王大暴走!
そういう人って誰かに利用され易いよね、的なお話。
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