2章 寂れた星へようこそ

6話 貧富の差

「ここも相変わらずだな」


 命を2、3個落としかねない事態から切り抜けたアルは、反重力機構を搭載したホバーバイクに乗って、惑星フェルズの首都アルデガルドに向かっていた。反重力機構を搭載した乗り物は通称ビーグルと呼ばれており、アザーバースにおいて一般的な交通手段の1つと知られている。


 そしてアルデガルドはこの惑星フェルズを支配しているアグアム重工業のお膝元であり、富裕層が住むフェルズ唯一の大都市である。


 人口は約500万人で、そのほとんどがアグアム重工業に密接に関わる人の同僚、家族、仲間、ビジネスパートナーといった身内によって固められていた。


 しかしこの都市に住んでいる人々の大半は、フェルズで生まれ育っていない。皆外部の星を拠点とする人が多く、生まれも育ちもフェルズ出身という人は数少ない。

 

 都市中央部にアル達貧困層が立ち寄る機会は滅多になく、セキュリティもかなり厳重である為、内部がどうなっているかはほとんどの人が知らない。


 入れる区域も貧困層に比較的近い位置でなければ、入ることが出来ず、運良く近づけたとしてもガードに見つかって門前払いを食らってしまうのが関の山だった。

 それだけセキュリティに力を入れているのだろうが、彼らは過剰な対応を取りがちだった。


 何か粗相をしでかせば直ぐに撃ってきたり、とってつけたような理由でリンチしてこようとする。アルはなるべくトラブルに巻き込まれないよう、彼らと接触しないように気をつけているが、アグアムの息がかかった人が何処にいるかわからない以上、絶対回避出来るとは言い切れないのが現状だった。


「あと少しで着くかな」

 

 都市に近づくに連れて、荒れた砂利道から舗装された道路へと移り変わっていく。燻んだ空気は浄化された清浄な空気になり、荒れ果てた廃墟にしか見えない建物が密集していた街並みは、見せかけだけの威厳を示すようなビル群へと変わっていった。


「……なんか若干道変わった?」


「都市開発が進んだのでしょう、いつもの事です」


 アルはホバーバイクの速度を落として、アルデガルド付近の街を見渡す。

 

 金回りの良い人が気楽に住めるように配慮されているのか、磁力浮遊式の列車が走る鉄道や、中型輸送船を活用した空路を使ったインフラ設備など、都市に住む人々が快適に過ごせるようになっている。


 潤沢な金が回っているのだろう。

 正直アル達貧困層達からすれば、その有り余った金を此方にも回して欲しくなるのが本音だった。


「確かに前にはなかったなぁ」

 

 前にはなかった場所に、新たな設備が設けられていたせいで僅かな違和感を覚えたアルは、ニナの言葉に納得する。


 辺境の星にしてはかなり煌びやかな都市だ。

 しかし多くの人々はアルデガルドに対して悪感情を抱いている。何故ならば富裕層は自分達だけ美味しい思いをするばかりか、差別的な態度を取ったり、憂さ晴らしで殺そうとする警備兵を嗾けたりなど、好きになる要素が皆無だからだ。


 奴らは揃ってスラムの連中は品がないと言うが、果たしてどちらの方が品がないのだろうか。そんな事をアルは常々思っていた。


「あんなビルまで」


 アルとニナは低空で浮遊走行するホバーバイクの上から遠目に、後方へとゆっくり流れていくビルの峰々を無感動に眺めていた。都市の外れに位置する現在地からでも、くっきりと見える程大きなそれは、ささくれ立つような思いを抱く。


「また新しく建ってますね、これ以上必要あるのかは疑問に思いますが……」


「あれ1つが建つ金あるなら、俺らにも少しぐらい還元して欲しいな」


「……ままならないですね」


「ふんっ」


 彼らアグアムが貧困層の事を考えるなんて、間違いなく一度たりともないだろう。


 彼らは自分達貧困層に仕事をくれる存在だが、平均給与は労働内容と悪い意味で釣り合ってない。命に関わるような内容でも食っていけるか微妙なライン。もっと沢山貰っても良いはずなのに、あまりにも安すぎた。


 特にアルが気に食わなかったのは、子供だろうが関係なしに過酷な労働環境に放り込む事だった。

 理由はわからないが、アグアムは明らかに未成熟な子供を大量に奴隷商人から買っては、何人かを会社で引き取って労働力に割り当てる。


 労働力だけなら大人のが絶対に良いにも関わらずだ。


 通常ならアルの年代は学校に行く子が大半であり、まだまだ社会に出る段階ではない。しかしこの惑星フェルズにおいてそんなモラルは存在しない。

 

 例に漏れずアルと共に住む幼馴染達も、そんな環境下で働くことでこのフェルズを過ごしている。彼らも幼い頃からずっと働いてきているし、辛い事があっても乗り切ってきた。


 ただアル・スターライトだけは、ニナの懸命な説得もあって労働者として登録される事なく過ごしていた。


 その事がアルにとってずっとコンプレックスだった。


 (何も出来ないまま死ぬのは嫌だ)


 皆努力しながら日々を生きている。

 身体は健康だし皆の為ならどんなにボロボロになっても働ける。でもそれをニナや家族達は許してくれない。


 ならば自分に出来る事は危険を承知で宝を探すしかない。自分には価値がある事を証明する為にも、アルは自らの命を勘定に入れて行動していた。


「尚更こいつには期待だな……!」


 アルはホバーバイクを走らせながら、手前に置いたリュックを激しく撫で回した。中に入っている軍用エンジンドライブは民間用に比べて性能はずっと良い。

 戦闘という困難な局面において、確かな戦果を出す為に組み込まれた部品の数々は、必ずや懐を潤してくれる筈だ。


「え、ええ……そうですね」

 

 ニナが何か気まずそうな顔をしているのが引っかかっているが、きっと何か別の要因に違いない。

 アルは希望を胸に抱いて勝利を確信し、廃品買取り専門店である「スクラッパー」に向かってホバーバイクを走らせ――



「嘘でしょ……このエンジンドライブ……安すぎない!?」


  ――アルは絶望していた。

 

「なんかこんな結果になると思いましたよ……」


 中性的な顔つきが、雄々しい顔つきになってしまうくらい衝撃を受けたアルは、深く項垂れた。横でフヨフヨと浮くニナはそんなアルの顔を見てドン引きしていた。

 

「嘘だろ……ヤグラァ! もっとするでしょ!」


 アルは堪らず涙目で文句を言う。

 金糸雀色の肌に、毛根の1つもない禿頭、結膜の縁まで黒く染まった目をした3メートル近くの体格をした男――ヤグラは、動物の唸り声のような声色でアルを宥める。

 

「アル、こいつぁ適正価格だ。いくらダチだからって言っても鑑定に嘘つくわけにはイカン」


「ぐ……ぬぬ」


 見た目にそぐわぬ理性的な言い分に、アルは呻き声をあげる事しか出来なかった。確かな理由があったとしても、素直に飲み込めないのが本心だ。


 何せあれほどの大立ち回りをしたのは初めてだったのだ。

 迫り来るロボット達から逃れ、めちゃくちゃに撃ち込まれる光学兵器と無誘導弾、血と汗と爆発の3連コンボという難局を乗り越えた先に待ち受けていたのは、ただの安物ガラクタをつかまされていたというオチ。


 全くもって全てが釣り合ってないが、そんな簡単に高額の部品が賄えるならば皆苦労しない。アルはこれまでも何回か冒険をしてきたが、一向に大当たりなお宝にありつけた事はなかった。


 他の廃品回収をやっている住民も同じだ。

 偶に当たりを引く時もあるが、凄まじく高額なお宝は基本的にはないと言ってた。それでも自分に出来る事はこれしかないと考えていたアルは、何処かに逆転を狙える代物があると信じていた。

 

「あんなに……大変、だったのに」


 そう思っていただけに、この結果は中々堪える。


「アル、顔が劇画タッチになってて怖いです」


 ニナは項垂れるアルの頭を小さいヒレのような腕で撫でて慰める。見かねたヤグラは気まずそうに頭を掻きながら、幼子に言い聞かせるような口調でわけを説明した。


「アル……このエンジンドライブだが、300年前に開発された型落ち品だ。今の対消滅エネルギー安定装置はもっと性能が良いし、コイツを売りに出しても大した金額にはならないんだ」


「でも……基本的な仕組みは変わらないんじゃないの?」


「仕組みはな。だが1番の問題は別の所にある」


 そう言ってヤグラは銀の球体をひっくり返して、少しコードがほつれた部位を指で指し示した。


「エネルギーを安定化させる際に、必要な力場を制御する部品の構造が、明らかに粗雑な作りになってた。欠陥品なのさ……これは。廃船になっていたのも、碌にエネルギーを蓄えられない上に、事故のリスクもあったからだろ」


「……やっぱりですか」


「ニナ分かってたの!?」


「システム解析した際に、実戦で起動した履歴やデータもなかったのです。その時点でこれは欠陥品じゃないかなと……」


「な……んだって! つーか早く言ってよ!」


「言っても聞くタイプじゃないですよね?? 絶対何かの間違いだって言って、言うこと聞かないのは目に見えてました」


「うっ……」


 アルは内心、忠告されても確実にシカトしていたなと思った。


 じゃあさっきのは無駄な努力だったのか――そうアルが認識すると、益々悲しくなってきた。廃船置き場には夢があると思っていたがどうやら間違いだったらしい。


 愕然とするアルを見て、ヤグラは憐れみからちょっと上乗せした買取金額を提示した。


「おまけしておいてやる、3万ビルだ」


 ビル――フェルズでしか使われていない紙媒体の通貨単位だ。フェルズに住む人々(首都に住む人を除く)が主に活用している通貨であり、星の外では全く使えない。

 

 鑑定結果の3万ビルは1カ月分の食費にも届かない金額、命を賭けるには安すぎる金額だった。


「小遣いレベルじゃん……!!」


「でも食費は浮きますよ?」


「慰めにならないわー!」


 爆風に煽られながら得たお金が僅かすぎる。リスクとリターンが釣り合っていないどころの話ではない。

 だからといって突っぱねる訳にも行かず、アルは渋々了承した。お金はお金だ、有り難く貰うべきだし何かの足しにはなる。


 ちょっと余分にお菓子を買えたり、ご飯一食分が食べれたりするくらいだが。


「んじゃ3万ビルだ、アル」


 ヤグラが厳つい掌の上に、燻んだ褐色の紙幣を3枚乗っけてアルに渡す。若干皺が目立つ紙切れだが生命線としては申し分のない報酬ではあった。アルはそっとズボンのポケットにあった財布に入れて、踵を返した。


「また世話になるかもしれない、今日は……まぁありがと」


「おうよ、そういや最近はアグアムの連中が騒がしい。因縁つけられないようにな」


「ちゅーこくどーも、じゃあ行くぞニナー」


「はい、ヤグラさんもまた」


 アル達はバイクに乗ると、そのまま来た道を引き返して家へ帰っていった。ヤグラは貧困層からやってきた労働者と商人達の喧騒に埋もれて、段々と遠くなっていく蒼き少年を見て郷愁にかられた。


「レイ……あんたなら今のアルに何て言ってやれるんだろうな」


 ヤグラが呟いたのは今は亡き人物、アルにとって掛け替えのない人の名前だ。もし今も生きていれば自分よりもマシな事を言えた筈だとヤグラは密かに思っていた。


「今のアルに必要なのはあんたなのに」


 14歳の子供に自分がしてやれる事は何なのだろうかと、ヤグラはふと考える。

 何年も変わることのないフェルズの不条理さを恨めしく思ったヤグラは、複雑な心境を切り替えていつもの日常へと戻っていった。

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