5話 その必殺技の名は

「なっ!」


 その言葉を聞いてニナは、胸に刺さるような思いで声を荒げる。

 

 ニナは理解していた。

 力を使えばアルもタダじゃ済まない事を。

 

「アル……危険です。何とかして安全なルートを私が探します」


 ニナは消え入るような声でアルの身を案じる。


「でもブラスター1丁じゃロボットの対処なんて出来ないし、考える時間もない。なら力を使うしかなくないか?」


 アルの言う通り、たった一丁のブラスターで乗り切れる物量ではない。乗り切るならばしっかりとした武装が必要になるが、貧乏人である彼にそんな武装を用意出来る金など無く、必要最低限の装備しか今は付けていない。

 

 それに加えて今いる場所だってずっと留まれない。


「早く出た方が絶対良い、なら……リスク承知で使うのが最善だ」 


「……わかってます! でも」


 仕方なさそうに肩を竦めるアルを見て、ニナは少し怒りを込めて反論しようとするが――


「大丈夫! 俺なら平気だからさっ!」


「っ!」


 アルは見ているこっちが痛々しく感じてしまうような満面の笑みを向けた。平気だと言い切られたニナは何も言えなくなってしまった。


 (またそうやって、この子はいつも根拠無しに言い切る)


 言葉ではそう思っていても、心の奥底で「アルなら大丈夫」だと、ニナもまた根拠のない期待感を抱いていた。どんなに怖い場面に陥ってもアルは常に笑いながら、大丈夫だと言って乗り切ってきた。そんな姿を誰よりも真近で見てきたからこそ、ニナは何も言えなかった。


 だけど本当は傷ついて欲しくない。

 でもこの子を助ける力をの自分は持っていない。


 (私も大概ですね……)


 相変わらず自分は身内に甘いと呆れてしまったが、悲惨な結末を変えるには力がどうしても必要になる。故にニナは力の行使を許可した。

 

「わかりました……! ですが無理しないでください!」


「おっけー!!」


「生きてここから出ますよ!」


「あったりまえ!! こんなオンボロ船で死んでたまるかっ!」


 啖呵を切ったアルはガラスをぶち破ってロボットを見据えるとニヤリと笑い、そのまま全身に力を込めた。するとアルの身体に沿って取り囲むように雷が走り始める。


 アルが生まれた時から持つ不思議な力――宇宙アザーバースにおいて限られた生命体にしか宿らない、星素ステラルムと呼ばれる因果律を超える力が目を覚ました証だ。

 この雷は自然現象で発生するものとは違う。アルの思いの丈に応じて、どこまでも破壊力を上げられる神秘の雷なのだ。


「――、――」


 アルは深呼吸して目指すべき出口を再確認する。連続使用時間は最大5分程度、それ以上は身体がついていかずに自壊する恐れがある。まだ使い熟せている訳じゃない以上、許容範囲内で済ませるのが最善策だ。


 アルはそのままクラウチングスタートの体勢を取り、脚部に力を注ぐ。ミシミシと脹脛、大腿筋が軋む音が鳴り、蓄えられた力の奔流が唸り声をあげた。


「フッ――」


 そしてアルが強く足を踏み込んだ瞬間、床に使われた鉄板がけたたましい爆音を奏でて弾け飛んだ。蒼の軌跡が一直線に描かれ、空間を揺らすような轟音と共にアルは雷と化した。


「オォオオ!!」


 ロボットを跳ね飛ばしながら、アルはハッチに向かっていく。バラバラになった機械の腕と足は莫大な電力によって溶かされ、不快な匂いを撒き散らす。


 バチバチと火花をあげる蒼き雷で薄暗い艦内を染め上げたアルは、ニナの案内を頼りに着実に出口へと近づいていった。


「あれは――ロケット弾です!」


 突如目の前に鉛色の飛来物が現れる。戦闘用ロボットが放つ複数の無誘導ロケット弾がアルの身体を粉砕するべく、容赦なく撃ち込んできたのだ。


「あぶねぇ……!!」


 間一髪で回避し背後で激しい爆発が巻き起こる。艦内は大きく揺れて崩落し始めた。アルは構う事なく黒煙を切り裂くように突き進み、ついにハッチ付近までたどり着いた。


 ――よし!


 そう思った瞬間、目の前にあった床が闇に飲み込まれて奈落の底まで吸い込まれていく。数々の爆破によって老朽化の進んだ部分が、運悪く崩れて落ちてしまったのだろう。


「くそ! タイミング悪すぎる!」

 

 金属が拉げて不快な叫び声を上げる。巨人が戦艦を掴んで揺らしているのではと錯覚するほどの揺れが、アルに襲いかかっている。周りから絶え間なく鳴り響く不快な音が、アルの焦燥感を煽っていた。


「こうなったら飛ぶしかない!」


「アル!」


 ニナの声を無視して、アルは勢いをつけて跳躍した。崩れ落ちる鉄骨と朽ちた機械を掻い潜り、ハッチの扉目前まで来た辺りで右腕を目一杯に伸ばす。


 しかしハッチまでは距離がある。

僅か1メートル弱の所でアルの右手は空を掴み、そのまま落ちていくと思われた。


 だがアルにはまだ手札があった。

 

「――と、ど、けぇ!」


 アルは咄嗟に右手の付け根あたりに付けたグラップルワイヤーの射出ボタンを押した。鏃のような形をした先端部は扉の淵に上手く突き刺さり、奈落に落ちかけたアルを間一髪で救った。


「助かったぁ! って、ぐふっ」


 ただし勢いは殺せず、思いっきり腹部を打ちつけたアルは堪らずに息を吐く。鳩尾より下の部分でまだ助かったが、少し息がし辛くなるくらいには痛い。


「良かった……肝が冷えました」


「肝ないでしょ……」


「じゃあ動力部です……」


 もはや突っ込む気力すらない。しかしこのまま悠長に雑談してる場合じゃない。戦艦はそう時間がかからない内に崩れ落ちる。巻き添えを喰らえば笑い事じゃ済まなくなる。


 アルはグラップルワイヤーを仕舞いながらハッチまで登り、戦艦を後にしようとした時だった。


「――な」


 追い付いたロボットが飛びかかってきたのだ。


 ジェットパックなどといった装備はロボットにはない。彼らに与えられたのは標的を必ず抹殺するという、悍ましい執念を感じさせるプログラムのみ。あくまで指令にしたがっただけだが、狙われた当人アルからすれば薄ら寒さすら覚える。


「まずい……ってばぁ!」


 更に最悪なのは背後からロケット弾が飛来してくるのが見えた事だ。

 他のロボットが撃ち込んだ物だろう。ロケット弾は迷う事なくアルの元に向かい、近くまで来てつかみかかっていたロボットに当たって爆散した。


「うわぁああああ!!!」


 間一髪でアルは飛び降りることで直撃を免れたが、命綱無しのバンジージャンプをする羽目になった。内臓が身体の中で浮くような感覚と、嵐の中に身体を放り込んだような感覚が合わさり、アルは自由落下していく。


「アル!!!」


「いち、か、バチ、かだっ!!!」


 全身に強烈な突風を感じながらアルは叫んだ。

 地面との衝突まで5秒もない。

 アルは咄嗟に手を地面に向かって突き出し、残った力全てを込める。


 (唱えるのは、力をより強く引き出す言葉……!)


 アルはかつてレイから教わったを思い返す。

 力強く、インパクトのある言葉であり自分の内に宿る力を最大限に発揮する必殺技だと彼は言ってくれた。


 困った時や大切な存在を守る時に、その力は真の姿を見せるのだと。


 イメージしろ――死が決定づけられた運命を切り拓く蒼き雷を。


 アルの右手に光と火花が集束していき、やがて渦巻いた。それは身体全体に張り巡らせた時よりも、遥かに力強く煌めき、世界を震わせているのではと錯覚する程。


 (決めろ、アル・スターライト)


 アルは自分に言い聞かせて、必殺の蒼き雷を右の拳に宿らせ、渾身のパンチをぶっ放した。


BLAAAAASTブラアアアアアストッ!!!!!」


 拳から放たれた蒼き雷の奔流は、廃船から垂れ流された工業廃棄物によって汚染された、黒き大地を焼き尽くした。同時にエネルギーの奔流は、自由落下していたアルの身体を反作用によって空中に留める事に成功した。


「がぁあああああああッ!!!」


 自分すら滅ぼしかねない雷を、気合いと根性でセーブしつつ、アルは落下速度の勢いを殺す。


 凄まじい電圧によって赤熱化した地面にそのまま降り立つわけにはいかない為、アルはゆっくり落下する身体を捻りながら、焼けた大地から10メートル離れた位置に落下した。


「わぶっ」


 しかしちょっとカッコつけようとしてしまったせいで着地が上手く行かず、顔から突っ込んでしまい、何とも締まらない結果になってしまった。


 ただ命は助かった。それだけでも充分だ。


「あ、つつつ……!! いってぇええ、力使う度にやっぱりすっげぇいてぇ……」


 ロボットから受けた爆風によって痛みと、莫大な力を引き出したせいで、右腕全体に鈍い痛みがジワジワと身体に染み渡っていくのを感じていたが、それでも構わずにアルは立ち上がると、雷によって雲散した空気が充満する前にマスクを付けて一呼吸入れた。


「はぁ〜……!!」


「私、動力部どっかに飛び出してませんか? こんなの身体に悪いですよ……もう」


「大丈夫大丈夫、いつものゆるふわボディだから」


「むっ」


「あだっ」


 ニナはアルの頭を軽く体当たりして小突くと、自らの身体を見てぼやいた。

 

「はぁ〜、身体が痩せられる機能があればいいのに」


「地味にいたいよ……」


「女性に対してデリカシーない事言うからですっ、さぁ帰りましょう。酷く疲れましたよ……。アルこそ怪我はないですか?」


「なるべく短い時間にしたから、ちょっと火傷したくらいだな。ほら」


 アルは力を放出した両手をプラプラとさせて見せる。見た所大きな怪我はなさそうだが、所々肌が赤く腫れた場所があり、完全に無傷では無さそうだ。


「やりすぎたら腕吹き飛びますよ。それにしても良かった……本当に」


「へへへ、大丈夫だいじょ……いつつつ、後で薬塗らなきゃな……」


 今日ほど色々ある時はあまりない。

 久々に命を危険を感じたが振り返れば中々にスリル満点で楽しいとアルは思っていた。


 思わず笑顔が溢れかけた瞬間、アルはふと自分がブラスターを握ったまま放電していた事を思い出す。一応何も握っていない右手を使ったのだが、力を使う際は何かと力んでしまう為、左手にもしっかり電流が走っていた。


「まさか、って、あぁああ!」


 急いでアルは握っていたブラスターを見ると、見事に煙を出して火花をパチパチと出している。もう手遅れなのは一目で分かる。


「ブ、ブラスター……が、あちちっ! 壊れた……」

 

 アルが普段使っているブラスターピストルが、アル自身の力を諸に受けて壊れてしまっていた。高電圧を身に纏った際に耐えきれなくなったのだろう。

 グリップは歪み、スライドは引き裂かれ、思うように引き金を引く事すら出来ない。どう見ても完全にお釈迦だった。


「ま、まぁ……お宝分で取り返せるし……」


「だといいんですけどね……はぁ」


 何せ危ない思いをした分だけの相応しい報酬は手に入れた。一体いくらになるのだろうか。そして夢にどれだけ近づけるのか。

 リュックの中にあるお宝が齎す結果にワクワクしつつも、アルとニナは船の墓場を後にした。





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