4話 ライトニング・チェイス

 「やばい!!」


 アルは脇目も振り返らず一気に駆け出した。

 その瞬間――部屋の何処かにあった扉が開いて、金属を打ち鳴らすような足音が鼓膜に入ってきた。


 起動した戦闘用ロボットが予め設定されたプログラムによって覚醒し、敵を排除すべくどこからか侵入してきているのだろう。手遅れになったら射殺されてしまうと焦るアルに対して、ニナは冷静かつ迅速な対応に取り掛かっていた。


「経路を検索します!」

 

 即座にニナは先程探索時に解析したデータを元に、脱出経路までの最短ルートを導き出す。同時に新たに現れたロボットの信号を検知し、何処に潜んでいるかを電子頭脳内部で展開したマップに反映させた。


 (起動した数……130体。武装はアサルトブラスターライフルにパイログレネード、無誘導ロケット弾……下手すれば今の老朽化した戦艦が崩れる可能性がある)


 過剰な破壊力に優れた武装を搭載されている事から鑑みるに、このプログラムは機密保持の為ならば戦艦毎叩き潰すつもりらしい。つくづく無茶苦茶な設計でニナは呆れ果てた。

 

 対するアルの武器はブラスターピストル一丁のみ。ロボットの装甲を破るパワーはあると推測するが、数が多過ぎる。真正面からの戦闘は自殺行為でしかない。


 (逃げる為の経路は……!)


 ニナは1秒にも満たない僅かな瞬間に、思考を加速させていた。アルを生かす方程式を何としても導き出さないといけない。

 ニナは自身の思考回路にロボット達の現在地とマップを焼き付かせて、生存確率の高い脱出経路をピックアップする。


 侵入時に使った道を引き返す経路。

 既に先回りされており、何体も待ち構えている――選択肢から除外。


 少し遠回りになるが、東方面に離れた箇所にあるハッチはどうだ――経路上に崩落した箇所があり、進行不可。


 確実なのは1番遠くに位置する戦艦後部に位置するハッチ――ロボットの数は少なく、普段のアルが出せるスピードならば充分間に合う。


 (ここしかない!)


 現時点で最も確実に脱出出来る経路を導き出したニナは、急いでアルに伝えるべく発声機能をフル稼動する。

 

「アル! 脱出経路を導き出しました! 案内します!」


 ニナはアルに向かって叫び、此方へと意識を向かせる。


「頼んだ!」


 その言葉を聞いたアルは、迷う事なく頷いて応えると一気に走り出した。

 

「はぁ――はぁ――!」


 足場の悪い戦艦内部をアルは必死に走り抜ける。後ろを振り返ると、いくつも赤い光が煌々と輝いているのが見えた。


 細長い手足に逆三角形のボディ、握りしめられているのは、熱光弾をフルオート射撃出来る旧型のアサルトブラスターライフル。銃身は少し錆びているのに、発射機能だけは失われていなかった。そんな恐ろしい凶器がアルの瞳に映ったのと同時に、侵入者を認識したロボットは一斉にブラスターの引き金を絞り、アルの命を奪うべく火を吹いた。


「伏せて!」


 ニナの叫ぶ声がした瞬間、無数に放たれた赤い光弾が襲いかかる。光弾が艦内の何処かに当たる度に、火花があちこちに飛び散り、ガラスや金属片が破砕されていく。1発でも当たれば即座に皮膚は炭化し、内部の筋肉まで焼き焦がされるのは確実。


 当たりどころが悪ければ人体程度は容易く貫通する威力だ。子供であるアルの肉体では、耐えることなんて出来やしない。


「ちょっとは加減しろよな!」


 何度か当たりそうになって、アルの口から暴言が飛び出す。このままでは埒が開かない。ただ撃たれまくるのは性に合わないと感じ、アルは何とか鉄屑達を退けようと試みる事にした。


「ちっ!」


 アルは腰に付けたホルスターから、銀色のブラスターピストルを取り出す。続け様に銃器のスライド部分にあるセーフティボタンを押して殺傷モードに切り替え、追いかけてくる戦闘用ロボットに照準を定める。


「この……距離なら」


 距離は約20〜30メートル弱、射程距離としては申し分ない。意識をロボットに集中させた瞬間――アルは自意識が世界から切り離され、感覚が研ぎ澄まされていくのを感じた。


 ロボットの動きは途端に遅くなり、これから何をしようとしているのかが手に取るように分かった。ブラスターライフルによる一斉掃射を行う気だろう。しかし攻撃態勢が先に整っていたのは、アルの方だった。


「食らえ……!」


 アルが引き金を引くと、グリップ内部に装填されたエネルギー弾倉マガジンが加熱され、プラズマが発生した。灼熱を纏うプラズマは、そのまま内部の射出機構を通じて銀の銃口から青色の光弾となって放たれた。

 音よりも速く、そして真っ直ぐに飛んでいくとロボットの一体に命中し、集積回路と動力炉を焼き潰した。


「――ギ」


 ロボット不快な呻き声をあげると、爛々と光っていた赤い目がプツリと消えて、ただの鉄塊と化す。

 まずは一体――とりあえずブラスターピストルはちゃんと効くようだ。


「よしっ」

 

 豪快に倒れ込んだ事を確認したアルは笑みを浮かべた。抵抗の手段は残されているなら、まだまだ生き残るチャンスはある。


「まだ脆い連中で助かる!」


「アル! いいから真っ直ぐ走って!」


 アルは続けて更に数発撃つ。破裂音と共に装甲が破壊されていくロボット達だが、彼らは自らのボディが如何に損壊しようとも止まる事はなかった。


「くっそ!」


 まるでゾンビのようだ。

 ただし奴らはあくまでも機械であり、恐怖、そして痛みを感じる事はなく、外敵を排除するという単純な目的の為に活動しているにすぎない。


 だからこそ余計に恐ろしく見えた。

 これならまだ人間の方がマシだったと、「もし」のパターンを考えながらアルは走り抜けて、追撃するロボット達に向かって更に数発発砲する。


「キリがない!」


 付近まで来ていた数体を破壊した事を確認したアルは、ニナの案内に意識を向けた。射撃による事態収束は望めないと分かったからだ。

 

 今は彼女のガイドが生命線になっている。一字一句聞き漏らす事なく情報を耳から仕入れ、無駄を省いて必要な動きを肉体に反映させる。それが生き残る唯一の手段だった。


「そのまま突き当たりの角を右に曲がって!」


 呼吸すら忘れてしまいそうなほど、アルは全速力の状態を維持して駆け抜ける。現存している戦闘用ロボット全てが動員されているのか、あちこちから赤い光が此方を捕捉しようと目を張り巡らせているのが見えた。


「あぶ……ないっ!」


 続け様に飛び交う光弾を、アルは速度をそのままに掻い潜って角を曲がる。アルは身体がギリギリ通る狭い通路を、少し屈んで小さくしながら通り抜けていった。


「前方へ100メートル移動して、その先に別のハッチがあるわ!」


 敬語を忘れたニナが指示する。

 今度は応える事はせずに突っ切ると、白い光の筋が差し込んでいたのが見えた。


 出口だ――アルはすぐに理解して、迫り来るロボットの足音を聞きながら床を蹴った。

 

 走り抜けていく度に鉄錆の匂いを纏う風を感じる。背後から飛び交う光弾がスレスレの所で当たり、弾けていくのを横目で見ながら、アルは一目散に走り抜けていった。


「見えてきましたね、そこがゴールです!」


「さんきゅ!」


「――って!」


 あと少しの所――そこでアルは動きを止めた。

 ハッチの直ぐ横からぬるりと、無骨な外殻を取り付けたロボットが現れた。


「速い!?」

 

 ロボットの1体に先回りされていた。戦艦内部を把握しているのは向こうも同じ。動き続ける標的(アル)の位置と脱出口との距離からやってくるであろうルートを導き出す速度がニナを上回っていた。


「チクチョウ!」

 

 アルは舌打ちしてからブラスターを構えた――が直ぐに逃げる事を選択した。

 理由はロボットが構える武装にある。肩撃ち式のロケットランチャーを無慈悲に向けていた。


「やば――」


 発射音と耳を劈くような爆発音が老朽化した戦艦内部を轟かす。爆風に煽られたアルは吹き飛ばされ、ガラスをぶち破って部屋に放り込まれた。


「いっつぅ……って」


 アルは額と腕をガラスで少し切ってしまったが、咄嗟に逃げたのが功を奏し軽傷で済んでいた。だが身体の小さなニナはアルよりもずっと脆い。

 

 そこまで思い出してからアルは飛び起きた。


「ニナ! 大丈夫か!?」

 

 心配になったアルはすかさず安否確認した。

 

「だ、大丈夫です……破損もしてません」


 幸運にもニナは無傷で済んでいた。少し煤まみれになっているが、大した問題にはならない。


「なら、良かった」


「至急再確認を……って、え?」


 だがニナは突如、困惑したような声を出して狼狽えた。

 

「どうした?」


「案内は出来ます……ですがロボット達が経路を塞ぐようにして集まってきています……! どう足掻いても接敵します!」


 困惑するニナを他所に足音がすぐ迫っている。これ以上考える時間的猶予は残されていなかった。

 

「悩む時間は無い……なら!」


 アルは足音がする方向に向かってブラスターを撃つ。倒れる音がなり、複数のロボットが動く。アルは今の状況から覚悟を決める事にした。


 もはやなりふり構っている場合ではない。

 持てる全てを使うべきだと。


「ニナ、俺……"力"を使う」

 

 その瞳に強き意志と雷を宿して、アルは静かに言った。

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