3話 宝を求めて
今の世界が出来上がったのは、気が遠くなるような昔の事だ。
この宇宙――アザーバースでは、数多くの星々に住む知的生命体が恒星間航行技術を確立させると、多種多様な異文化と国家が交流を行うようになった。
技術の進歩が無ければ出会う事のなかった知的生命体達は、戦争、価値観や思想の違いなど多くの障害を乗り越えると、1つの大きなコミュニティを築き上げ、超巨大銀河文明を作り上げた。
「オムニウス・プライム大銀河連合国」が誕生した瞬間だった。
数多くの文明を抱える連合国は、種族、国家それぞれの価値観や意志を尊重した民主的な政治体制を敷くだけじゃなく、民の暮らしを守るという重大な役割を持った守護者達を用いて、永らく平和な世界を築き上げる事が出来ていた。
しかし宇宙はあまりにも広大だった。
例え何億光年もの領域を支配していようと、全ての人と星々を管理する事は出来やしない。故に必ず漏れ出てしまう星々が出てきてしまうのは仕方のない事だった。
アル達が暮らす惑星フェルズは、まさに漏れ出た星々の1つだった。
造船を生業とする企業によって支配されている惑星フェルズは、総人口の1割が富裕層、残り9割強が貧困層という超格差社会が続いており、貧困に喘ぐ者が非常に多い。
更には富裕層による杜撰な政策が、フェルズの環境の劣悪さに拍車をかけていた。そのせいもあって貧困層は富裕層に対して反抗的な態度すら取れないほど、弱々しくなっていた。
多くの人々が現状に絶望し、未来などないと諦め、ただ富裕層の目に触れて厄介事にならないよう細々と生きていく中で、アル・スターライトは決して現状を良しとせずに、この生活を何とかして変えたいと願っていた。
その願いとは――惑星フェルズから脱出して、大切な家族達と違う星で暮らす事だった。
◆
アルが廃棄された戦艦内部に入って数十分が経った。
アルは足元に気を配りながら、探索を順調に進めていた。歩くたびにカンカンと戦艦内部を音が寂しく響き渡る。一体どれくらいの間放置されていたのだろうか。それを考えると何だか物悲しい気分になってくる。
「本当デカいな、この船は」
アルは中を歩いて改めて広さを実感していた。
外から見ていた時は、船の右半分が地面の中に埋もれていた状態であり、その全容がわからなかった。しかし露出した半分のみの船体だけでも横幅200メートルを誇る大きさだ。
既にアルが探索をし始めてから幾らか時間が経っているが、エアロックから抜けた先は奥行きが広すぎて、未だに内部の全貌は掴めていない。
辺りを見渡せば、老朽化したダクトは歪な形に捻じ曲がり、何かの配線は伸び切った植物の蔦みたいに垂れ下がっていた。
「うんしょ……」
アクションゲームにおけるアスレチックステージのような雰囲気が漂っている中を、アルは周囲を警戒しながら更に奥へと進み、行方を阻もうとする鉄塊と瓦礫の隙間に身体を捩じ込む。
「よっ……と」
何とか苦労して出たものの、目の前に現れたのは巨大な穴。道中にある足場が経年劣化で殆ど抜け落ちているようだ。このまま直進するのは不可能な為、部屋の縁を壁伝いにゆっくりと進んで乗り切る。
「ったく……面倒だなっと!」
「ん、意外と遠くないかも?」
「エンジン部分ですから、すぐ其処でしょうね」
現在地は戦艦の機関部付近だ。
言わば心臓部と言ってもいい位置であり、かつて稼動していたであろう数々の精密機器はすっかり沈黙していた。
部屋には乱雑に置かれた鉄屑が山のように積み上がっていて、回収すれば多少の金にはなる物量はあった。普段なら出来るだけ詰め込んで、大量に売り捌くのが定石だ。
しかし此処に用はない。
アルが欲しいのはもっと希少価値があり、それ1つでこの大量の鉄屑の山を更に10個、いや下手すればもっと沢山の数を売った時に匹敵する宝だ。
「えーと……目的のブツは?」
アルは左腕に付けた腕時計型の端末を小まめに確認しながら目的地に向かっていた。画面中央部には、アルの向いている方向を指し示す白い矢印が表示されており、矢印が向く方向からは、波形の信号が一定間隔で反応していた。
アルが信号が出ている方向に足を進めると、波形の間隔が狭まり、ピコンピコンとこれでもかと自己主張を激しく光り始めた。
探知している微量の対消滅エネルギーが、この付近から発せられている証拠だった。
「よし! 来たっ」
お目当ての宝まで手が届く距離にまで近づいている事に、アルはガッツポーズで喜びを表現した。
アルが探し求めているのは戦艦の動力部、
光の速度を持ってしても何万、何十万年かかるような距離を、簡易的な時空間の裂け目を生成し、空間と空間の近道を作る事で超長距離移動を可能とする――
そしてこのエンジン部には対消滅エネルギーが使われており、本来なら危険なそれをコアと呼ばれる球体の機械の中に閉じ込め、必要以上に放出されないように安定化されている。
オマケに軍用となるとエネルギーを安定化させる為の、高度な技術と貴重な部品が惜しげもなく使われている為、非常に高額で取引される事が多く、こうした戦艦に忍び込む者が後を絶たなかった。
だが老朽化している戦艦は、非常に危険であり命を落とす哀れな者達も多い。
「アル、この船には機密保持プログラムが組まれた形跡があります。廃棄されてから100年以上は経っているので大丈夫だとは思いますが……」
ニナが厳しい声色で忠告する。
それが少し不味い事態になると、アルは理解していた。
「マジ……?」
「システムは完全に沈黙してますが……再確認します」
戦艦内部には、軍事機密に関わる数多くの兵器が積み込まれている。そういった機密情報に関わる秘匿性の高い機器を守る為のアラームが鳴った瞬間、戦闘用ロボットが即座に投入され侵入者を排除するシステムが存在する。
しかしそれはまだマシな部類。
中には自爆機能が搭載された物もあり、仮にもアルが今いる廃棄船が自爆機能が搭載されたシステムであれば、今すぐに退却する必要があった。
ニナは目から淡い青色の光を発して、戦艦内部に搭載されたコンピュータを解析すると、ニナは渋い顔を浮かべながらメモリーに入り込んでくる情報を吟味した。
「……どうやら自爆するタイプではないみたいですが、油断は出来ません。迂闊に色々触らないように」
そこから導き出された結論は自爆シークエンスは無く、残ったシステムのほとんどは全く動作していないという嬉しいニュースだった。
その際にまた別の懸念点が生まれたが、今のアルに言っても無意味な気がして言えなかった。
「自爆じゃないだけまだマシかぁ、ふぅ」
ひとまず最悪のケースは回避され、アルは安堵から胸を撫で下ろした。しかしニナはそんなアルを戒める。
「危険なのは変わらないです! もっと危機感持って」
「はいはぁ〜い、ったく心配性なんだからもう」
ニナが自分の事を気にかけてくれているのは良く分かっているし、とてもありがたく思ってはいる。しかし彼女の場合は、些か度が過ぎる。責任感が強いとはまた少し系統が違って見えていた。
(もう14なんだから、少しは信じて欲しいなぁ)
成人ではないが、このフェルズの環境をずっと過ごしてきた経験からある程度タフだと自負している。心配しすぎるのはかえって煩わしかった。
間違ってもニナには言わないが。
そうアルは考えながら不満気な顔をする。
(いくら言っても聞かないのはどっちなんだか……って、端末に反応あり?)
そんな諦観にも似た思いを抱くアルの意識を切り替えたのは、腕に付けた探知機が一際強く反応した瞬間だった。
目覚まし時計のようなピピピという音が鳴り、アルは電光石火の速さで探知機に目を向けた。画面には反応する物体とアルがいる場所までの距離が表示されていた。
「近い……!」
エンジンドライブまでの距離――わずか20メートル付近。探知機画面に表示された波形の反応は1秒経たない内に波打ち、これでもかと自己主張している。アルは足を早め、ニナは追従する。
「ここだ……!」
162センチのアルよりも遥かに巨大、3メートルに届く大きな扉の奥で僅かな電子音が聞こえた。アルは迷う事なく扉の開閉用ハンドルを掴むと力強く回す。
握った瞬間に、ガキンと何かが突っかかるような感触がした。
内部構造が錆びたか、または歪んだのかは定かではないが、それなりの力を入れないと宝へは辿り着けないことが分かった。
「うぐぅぅう」
手の甲に血管が浮き出るほど力強く握りしめながら、アルは無理矢理扉を開ける。子供の膂力を遥かに超越した力を発揮し、バキンという音と共に開かれて動力部管理区画の部屋が姿を現す。
「見つけた、あれがコアだ」
円形状の部屋の中央部に向かって、大小様々なパイプやコードが繋がれたその先に、アルが求める宝物があった。
真ん中にラインが入った銀色の球体が、磁力発生装置によって少しだけ浮かんでいる――安定化されたエンジンドライブコアだ。
既にエネルギーの大半は雲散しているが、僅かに残った残留物質がアルをここまで導いてくれた。電源が入っているのはどうやらドライブを浮かす為の磁力発生装置が原因だったようだ。
強力な磁力で固定化されたコアを無理やり引き剥がす事は出来ない。一先ずアルは装置の電源を切るべきだと判断し、制御盤を探す事にした。
「コントロールパネルは〜、あれかっ!」
アルの視線の先には、磁力制御装置のコントロールパネルがある。様々な星々の言語に訳されたパネルを、アルは何回もタップして電源ボタンの画面へ遷移する。
そして読み書きが苦手なアルでもはっきり分かるよう、磁力浮遊装置の主電源である事を指し示す明滅したマークが現れた。
アルはニナに聞いた後、アイコンを力強くタップした。
「これで……どうだ!」
ガシャンと浮いていたコアが硬い床に落ちる音が鳴り響いた。
本来ならかなり危険な場面だが、エネルギーが雲散している以上爆発は起こり得ない。転がるコアを万が一残留物質によって被曝するような事がないよう、アルは両手に保護グローブを付けてから拾い上げた。
「よし……確保。ニナ、警報システムは?」
専用の袋にコアを入れて、お宝用のリュックサックに詰めながらアルは問う。
「今の所は反応無しですね……早く戻りますよアル。帰ったらお説教です。勝手にシャットダウンして連れてくなんて……完全に拉致ですよ」
周囲をスキャンしながらニナは安全確認をしていたが、どうやら反応は見られない。電源はコア以外切れているようだった。
「まぁまぁ! こうしてお宝手に入れたし? これでチャラにー……ならない?」
「なりません」
えへへと無邪気な笑みを浮かべて手袋を脱ぎ去るアルを見たニナは、容赦なくばっさりと切り捨てた。
しかもニナは続けて更に最悪な一言を言い放った。
「この事はラフィルに報告しますので」
「ぅえ!?」
「間違いなく……大激怒されますね」
アルの脳裏に過ったのは、深緑の髪をポニーテールに結ぶ幼なじみの女の子の姿だった。
ラフィル・エリスはアルより2歳年上のお姉さん気質の幼なじみだ。右目の眼帯がトレードマークで街に住む皆から愛されている素晴らしい女の子である。
彼女もニナに匹敵するレベルで過保護な一面があるが、ニナと違う点では多少……いやだいぶ荒っぽい手段を用いて、分からせようとしてくる所だ。
(やばい……知られたら……仕置きが待ってる)
今アルが思い浮かべている彼女は、その端正な顔をまるで般若のような形相へと変えて詰め寄っている姿だった。普段は面倒見のいい頼れる子なのだが、アルが何かやらかしたと知ればギャングすら裸足で逃げ出すレベルの仕置きをかましてくる。
「ぜ、ぜぜ絶対言わないで!?」
「なら約束してください、もう船の墓場に近寄らないと」
「……それは〜、ちょっとまた別日に相談しない?」
「報告しますね」
「ちょっとー!?」
まずい、非常にまずい。
アルは想像していた内容が現実の物になるかもしれないと思い、身体を恐怖で震わせる。
思い返すのは今まで彼女から食らってきた数々の所業。
その中でより鮮明に思い出されたのは、直近の仕置きだった。
無断で立ち入り禁止区域で入ったアルを再教育するという名目で、アルを背後から締め上げて激辛調味料を鼻腔にねじ込まれた忌まわしい罰。
パイルバンカーを食らったような衝撃が脳の奥まで響き、のたうち回った記憶がぶり返したアルはまたあれを味わうのかと戦々恐々になった。
現在進行系でラフィルの怒りに触れそうな事をしているアルは、決死の命乞いをニナの前で披露した。
「ニナぁ! 頼む! もう次からは別の方法考えるから!」
「分かればいいんです……。さぁ面白い顔してないでさっさと出ますよ」
誰が面白い顔だ――そんな文句を言おうとした瞬間、手に持ったコアがアラームを発した。
「……ん?」
その瞬間、薄暗かった部屋に光が戻り始めた。老朽化した部屋の全貌が明らかになると共に、警報音が合わせて鳴り響く。
「まさか……っ!」
ニナは悲鳴を発し、アルは油汗をかき始めていた。
コアを持ち運ぶ事が、戦艦に搭載された機密保持プログラム起動のキーだった。もう既に発令された指示を取り消すのは非常に難しい。解除に手こずっている間に殺されるのがオチだ。
「アル!」
「わかってる!」
コアをリュックに仕舞うと、無機質なアナウンスがノイズ混じりに発せられた。
〈登録外の生命体を複数検知、外敵排除プロトコル起動〉
そのアナウンスは、かつて死した筈の船が外敵排除すべく数百年の眠りから醒めた瞬間だった。
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