7話 残虐な価値観

 フェルズ、アルデガルド郊外に位置するタルパシティ入り口付近にて、バイクを走らせる事更に30分。


 アルはアルデガルドとスラム街の境にある検問所に辿り着いた。其処ではアグアム重工業に雇われた兵士が何人も目を光らせている。


 区画と区画の境目に必ずある検問所では、アグアム重工業が行き来する人々を管理する為に、一々身分証を通じて確認している。その為外出する際には必ず提示しないと出ることすら出来なかった。


 そこに屯する兵士達は灰色を基調とした迷彩服に、ブラスター光弾をある程度は耐えれる分厚いボディアーマーを着込み、バイザーのついたヘッドギアを被っていて、見る者に畏怖を与える姿をしていた。


 しかし検問所を通過する人々が特に恐れているのは、兵士が常にマシンブラスターガンを構えている事だ。


 短機関銃サブマシンガンのように近接戦闘に特化した性能を持つマシンブラスターガンは、アルが持っているようなブラスターピストルに用いられるエネルギーマガジンを使用する。

 

 訓練などしなくても、気軽に大量の光弾を撃ち込めるという利点から、ここに駐在するアグアム重工業の兵士の多くが愛用している。


 だが1番最悪な事は武器を持つアグアム重工業の兵士達は、元犯罪者や傭兵崩れが多い事だった。持ち合わせた倫理観モラルが塵1つぐらいしかなく、人に向けて引き金を引くことに関して抵抗感が全くない。

 

 万が一彼らの前で、機嫌を損ねるような楚々をしでかせばどうなるか想像するのは難しくない。

 故に皆はただ黙って指示に従い、その場をやり過ごそうとする。因縁をつけられたら、碌なことには絶対ならないとわかっているからだ。


「今日やけに多いな」


 そして今日は運悪く、アルの前には何人か既に並んでいる。皆黙って並んでいるが心なしか足取りが遅かった。IDカードを見せるだけという簡単な作業に滞りが生じれば、間違いなく彼らは苛立つ。

 

「アル……悪目立ちしないように」


「わかってる……」

 

 アルは目をつけられないように目を伏せて、フードを被り、わざと顔色を悪くさせた。

 

 イメージは気弱な少年。

 兵士を見るだけでビビり散らかす弱き者。

 

 だいたいこうしていれば必要以上に絡まれる事はない。以前もこれで乗り切れた実績がある為、アルは割と冷静な精神状態を保っていた。


「これなら大丈夫」

 

 確かな自信を持ったアルは検問所の列に並んで、身分証を準備する。個人情報が書かれたカードの右側には"アルそっくりの別人"の写真、そして「フィニアス・ライト」という偽名が書かれている。


 頼りになる友人に作ってもらった精巧な偽造身分証だった。


「身分証見せろ」


「ほらよ……」


 アルが居た場所からちょうど20メートル辺り前にいた男が嫌そうに身分証を渡す。渡した人物はブヨブヨの黒い皮膚が特徴的な男であり、何故か機嫌が悪かった。


 身体はフラフラと今にも倒れそうだが、自分の意思はまだ残っているのか何度も何度も重心を定めようと努力している。

 皮膚の質感も相まってわかりづらかったが、顔が僅かに赤らんでいることから、アルは彼がただの酔っ払いだと見抜いた。


 (やばい……目をつけられるんじゃないか?)


 アルは冷や汗を流す。

 ここにいる警備兵は長時間立ちっぱなしの仕事で気が立っている。しかも発砲許可なんてわざわざ上の許可を取らずに「現場判断」で対処するように命令されている。


 つまり彼らの匙加減1つで引き金が引かれる下地が整っているのだ。皆がアグアムの目くじらを立てるような事をしないようにと、見えない努力をしていても、こうした運が絡む要因が重なると、どうしようもないとばっちりを受けてしまいかねない。


「ちゃんと見せろ」


「なんだって……いいだろ」


 黒い男は身分証を掲げてはいるが、手つきは覚束なく、掴んだ指先は震えていて警備兵が差し出した手に上手く渡せないでいた。夜中でも目が効くように出来た彼の瞳はメトロノームのように忙しなく揺らめき、焦点が定まっていない。


「薬やってんのか?」


「触んなよ、はやく……通せよッ!!」


「いや酒の飲み過ぎだ、甘ったるくて不快な匂いがする」


 彼がただ酩酊状態なだけだと警備兵が気づいた。

 本来なら少し宥めて、酔いが醒めるまで落ち着かせれば良いだけ。多少不快な事は起こり得るだろうが、そこまで難しい内容ではない。何か言われても聞き流せばどうって事なかった。


 だが警備兵たちはまともではない――世話をする義務も、優しさも、血も涙もない。


「邪魔くせぇ」


 苛ついた警備兵の1人が腰に差してあった電撃ロッドを取り出すと、酔っ払いの男に向かって力いっぱいに振り下ろした。残像が見えるほど勢いよく振るわれ、頭骨と硬い金属が打ち合った甲高い音が響き、男は昏倒した。


「ぐがぁ!」


「くそ、がっ! 苛つくんだよ!」


 すかさず何人かの警備兵が寄ってたかって蹴りを喰らわす。肉を打ち付けるような音と何かが折れる音が、入り混じって聞こえてきた。


 (……!)


 アルは歯を食い縛り、ただ暴行される様を見続けた。

 彼は何か特別悪い事をしたのだろうか。

 詳しい経歴などわからないが、ただの酔っ払いをあんなに痛めつける必要なんて何処にもない。


「おい、やれ!」


 怒りを抱き始めたアルを煽るように、警備兵は更なる仕打ちを男に齎そうとしていた。

 

 命令された男がマシンブラスターガンを、倒れ込む男の顔に照準を向ける。黒くて無骨な見た目をしたそれは、ただ命を奪う為に作られたという残酷な存在理由を証明していた。


「あ、れ……?」


「あばよ、害虫は死んどけ」 


 数十回以上の閃光が検問所の一角で、断続的に光り輝き、プラズマが空気中に弾ける音が後に続いた。酔っ払いは断末魔の悲鳴を上げるような暇無く、肉体のあちこちに焦げた風穴を空けて事切れた。


「……ぁああ!」


「っ……!」


 行列に並ぶ人達は震えていた。虫の何所が悪くなった警備兵が苛立ちながら此方を見据えると、何人もの肩がピクリと反射的に反応した。


 (くそっ……!)

 

 そんな中でアルは、惨劇をあまり見ないようにしていた。目の前で起きた異常な「日常」に、歯噛みするような思いに駆られたが、今はただ堪えるしかない。

 警備兵ぐらいその場でぶっ倒してやれるのに――アルの正義感が密かに囁いていた。


 (好き勝手しやがって……!)


 (アル……、いざとなったら逃げる準備をしてください。決して戦おうとしないで)


 (なんで!)


 ニナが努めて忠告した。

 そんな彼女の忠告はアルの耳には入っていなかった。無視して力を使おうと力むが、何故か使えない。

 身体の中で湧き上がってきた感覚は急速に終息していき、鍵をかけられていく。アル自身も全く理由がわからなかった。


 (くそ!)


 決して恐怖を抱いている訳じゃないのに、自分の意識に反した働きを見せる「力」に苛立つが、もはやどうにもならない。


 その瞬間――

 

「其処のガキ、身分証見せろ」


「!」


 目の前に180センチはある男が、ブラスターをわざとらしく見せつけながら立っていた。

 頭の中で煮詰まった思考がぐるぐると廻っていたせいで、自分の番まで来ていたことすら知らなかった。いつものアルな此処で焦らないはずなのに、余裕が無くなったせいで狼狽えてしまった。


「えっ、と……」


「はやく見せろ、撃つぞ」


 わざと銃を見せつけられアルは抵抗をやめた。力が発揮出来ない以上、大人しくカードを渡すしか術はない。


「はい……」


「ふん、渡すだけで時間かかるかね……ったく」


 警備兵は見下すような笑みを浮かべた後、少しの間確認する。アルは固唾を飲んで見守っていた。


「よし、通れ」


「……はい」


 複雑な心境だがアルは一安心する。

 ふとアルは惨劇が起こった現場を見る。死体は乱雑に置かれたままで、警備兵は足で死体を退かしていた。

 怒りから奥歯を噛み締めていたアルだが、突如背中に衝撃が走った。


「っ!?」


 急いで背中を確認すると、殺された男が使っていたカバンが転がっていた。兵士が投げつけてきたのだ。

 視線を向けると嫌らしい笑みを浮かべた警備兵の男が、アルの方へと指を指しながらゲラゲラと笑っていた。

 

「はははは! 冗談だよ! 本気になんなよ!」


「……っ!」


 堪らずアルはそのまま逃げるようにバイクに跨ると、エンジンを吹かして立ち去った。


「ちくしょう……!」


「アル、もうあそこは危ない。しばらく行くのはやめましょう」


「……力があるのに、どうして」


「時と場合によります、今は動くべきではなかった」


「だから見捨てろって!?」


「……じゃあ仮にあそこで大立ち回りして、そのあとは?」


「……それはっ」


 力を使って助けたら間違いなくアグアムの連中が、大勢やってくる。

 人を超えた力はあれど、全員を倒すのは不可能だ。

 しかもそれだけじゃない。

 戦いが広がれば、家族にまで被害が及ぶ。熱くなった頭が冷えて、冷静になって考えれば容易く分かる事だ。


「貴方が目をつけられたら、ラフィル達まで危うくなる。助けたいという精神は立派ですが、立ち回りを考えるべきです。私達は決して全てを救える存在ではないのです……」


「……くそ」


 そこまで言われたら、何も答えられなかった。

 アルはただ悔しい想いを抱えて自宅に向けてバイクを走らせる。

 検問所に残ったのは悪鬼達の嘲笑と、怯える人々、転がる1つの死体だった。


 

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