第9話 優勝候補⑤
―― 一時間ほど前。
正樹と由梨と孝子が三人横並びで前を歩く。オレは真波さんに話しかけながら、二人で肩を並べて彼らの後に続いた。真波さんは口数が少ない。オレが何を聞いても、首を傾げて誤魔化すか、「うん」くらいしか答えてくれなかった。アイツとは結構喋ってた気がするけど……。
ふと嫌な想像が頭をよぎる。もしかして、他の男と話すの禁止されてるのか?
母も店員に愛想よくしてたというだけで、帰宅後にクソ親父に殴られていた。なんでどいつもこいつもDV野郎って行動が一緒なんだ。腹の底から怒りが湧いてきた。
でもここで彼女を詰問して真相を聞き出しても、あまり事態は好転しないかもしれない。オレは怒りをなんとか抑え込んで、最初のアイテムボックスまでの道をなるべく明るい感じで彼女に一方的に話しかけ続けた。
カラオケ店の中で一つ目のボックスを見つけて、フタを開ける。大きめのリュックが入っていた。リュックには消毒液や包帯、鎮痛解熱剤に風邪薬といった薬類が入っており、簡易的な医療キットだった。正樹がリュックを背負う。オレはフタの裏から『睡眠カード』を外した。
いま『睡眠カード』の手持ちは三十枚だ。オレたちは六人グループだったので、昨日までなら残り十二枚だったが、真波さんが増えたので予定より追加で七枚必要だ。えっと……じゃあ、あと十八枚か。結構大変だ。残り三日で探さないと。
次のアイテムボックスの場所に移動しようと、正樹と由梨と孝子の後に続いて店を出ようとした時だった。なぜか真波さんは酷く落ち着かない様子で、その場から動こうとせずに親指の爪を噛んでいた。オレは爪を噛むのをやめさせようと、彼女の手を思わず掴む。
「真波さん、どうしたの? 爪噛むの良くないよ」
彼女の手を握ったまま、なるべく優しい口調で彼女の顔を覗き込んで語りかける。でも彼女は眉間に深いシワを寄せて、オレから目線を外して何も答えようとしない。
今にも泣きだしそうな顔をして、理由はわからないけど、情緒不安定なのは間違いないだろう。長く暴力に晒されてきた母のように感情のコントロールが上手くできないのかも。
少し迷ってからオレは彼女を抱きしめて、母を落ち着かせるときにするように、背中をトントンする。
ドンッ!
しかし、次の瞬間にはすごい力で突き飛ばされた。カラオケ店の受付カウンターに背中をしたたか打ち付ける。
「私、具合悪いから、ジムに戻って、ヨタ君が帰ってくるの待ってる!」
彼女はそう言い残して、走っていってしまった。さすがに恋人がいる女性にする行為じゃなかったなと反省したが、もうあと二十分くらいでゲームが開始してしまう。オレも急いでカラオケ店を出て、外にいた正樹達に事情を説明して、みんなで彼女の後を追うことにした。
◇◇◇
「いや、ですから不可抗力ですって!」
電話口で懸命にタチバナさんに弁明を繰り返す。しかし、電話越しにヒステリックな声が鼓膜を直撃した。女性のこの手の声、すごい苦手。マジで男が一瞬で「面倒くさ」ってなる周波数。
「はい。翔太くんには手を出してないそうなので。はい。はい。わかりました。はい。じゃあ失礼します」
俺はスマホの通話終了ボタンをタップした。壁にもたれて死体の横にしゃがみ込んでいるマナミさんは、ちょっとしょげている。可愛いな、クソ。これじゃ怒れないじゃん。
「マナミさん、
死体の下半身は液体で濡れていた。クソ、生きてる女の子のお漏らしはいいけど、死体のお漏らしとか最悪すぎる。俺は顔をしかめて死体を運ぶ。そして、頭から死体を窓の外に投げ落とした。これで首がなんで折れたかは、ぱっと見わからないはずだ。
ション便を触ってしまったし手を洗いに行きたいが、とりあえずは我慢。雄平くんの死体を見る。彼は普通に
次に、ジムの自動ドアをストッパーで止めて開けっ放しにする。それからジムの受付カウンターに移動し、そこからカウンター内に隠れてエアガンを連射した。入口にBB弾が散らばる。
マナミさんは俺の行動をキョトンとした顔で見守っていた。俺はタチバナさんから言われた偽装工作のあらすじを話す。
「まず、トイレに行ってた雄平くんがこの建物に侵入してきた
彼女が頷くのを確認して、俺は手を洗いにトイレに向かった。
硝煙の臭い……なんの臭いかわからなくても勘のいい奴は違和感を覚えるかもしれない。ション便も含めてハンドソープでよく手を洗う。ついでに顔も洗ってから、ペーパータオルで顔と手を拭いた。
顔を上げると鏡越しにマナミさんが立っていた。彼女は俺を後ろから抱きしめてくる。俺は彼女の手をほどいて振り返った。
「マナミさん、ここ男子トイレよ~」
彼女は俺の軽口には答えずに俺の胸にグリグリと頭を押し付けて、小声で「ごめんなさい」と繰り返している。俺は抱きしめ返して、彼女の頭を撫でた。
「大丈夫。大丈夫。ほら、顔上げて。キスしようよ」
何度見てもキレイで整った顔をマナミさんはあげた。琥珀色の瞳はとても不安そうだ。彼女の頬を撫でて、その延長線上で唇を親指でこじ開けると、俺はキスをする。
早くこの内通業務、終わらないかな。俺の舌をすんなり受け入れてくれた彼女を抱きしめて、そんなことを考えた。
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