領収書の宛名は「(株)ゲーム・オブ・ザ・ダイニングデッド」で。

笹 慎

第一部・自社開催編

転職

第1話 初出勤

 雑居ビルの屋上で、頭から毛布を被って寝そべって、すでに数時間が経過していた。


 最近新調したばかりの光学測定器で風速と標的距離を確認してから、俺はライフルのスコープを覗き込み、引き金を引いて標的の頭を一発でぶち抜く。ボルトハンドルを引いて排莢はいきょうを行うと、飛び出た薬莢が床に落ちた。


 念のためスコープから目を外して、双眼鏡で死亡を確認してから手元のタブレットで対象者に「処理済」マークをつける。今ので今日のタスクリストの半分が終わった。


『おーい。ヨタローくん。ちょっと単調すぎ。早くこなすんじゃなくて、もっとエンターテインメントを意識して』


 インカムに本部の責任者のお姉さんから通信が入る。声エロいなぁ。いつか会えるかな。そんなことを考えながら、俺は「了解でーす」と応答を返す。


 ビルの下に集まっているデスゲームの参加者達は、最初の説明を受けた後で大騒ぎしながら追いかけてくる殺人鬼たちから2時間ほど逃げ惑っていた。みな悲鳴をあげたり、忙しい。


 今日が初出勤の俺の仕事は、隠れたまま動こうとしない参加者や誰からもベットされてない不人気者の排除だが、どうやらサクサクこなせばいいってものじゃないらしい。


「とは、言ってもなぁ。足元狙ったり、わざと急所外したりすればいいのかな」


 スナイパーライフルのスコープ越しに先輩社員たちの仕事の仕方を観察する。一際ひときわ、飛んだり跳ねたりしながら、両手にサブマシンガンを持ったウサギマスクのツインテールの女性社員が目立っていた。


「ジャジャ・ラビットさん、めっちゃミニスカートでめっちゃ動いてんじゃん。パンツ見えそう。あーでもそういう方が視聴者ウケいいのかぁ。つーか、おっぱいの揺れすこだわ。いいねぇ~」


 ジャジャ・ラビットさんは後ろにいた参加者を回し蹴りで吹っ飛ばした。ミニスカートからプリンッとした美しい肌色の曲線が露わになる。


「ッ! Tバック!!」


 スコープ越しとはいえ、思わず身を乗り出してしまった。


「ラビットさん、めっちゃ人気あるって、社長言ってたもんなぁ」


 タブレットでこのデスゲームの配信映像を見てみた。ちょうど今のプレイバック映像で彼女の股間がドアップになると、大量の投げ銭マークが発生してモザイク処理されたかのように彼女の大事な部分が見えなくなった。


「うわぁ。インセンティブすごそう」


 自分もちょっと派手な殺し方でもするかと、弾薬の頭を潰してカスタムしたものを装填する。タブレットで参加者の位置情報を確認し、しばらく車の陰に隠れて動いていない参加者に目を付けた。


 一人仕事は観測のスポッター役も兼任しないといけないのが面倒だが、気楽なのがいい。光学測定器で標的を確認し狙いを定めて、インカムで本部に連絡をいれる。


「いま送った参加者にカメラ合わせられますか?」

『ちょっと待って。……OKだよ』



 ボンッ。



 トリガーを引くと標的の頭は割られたスイカのように爆ぜて、周りに色々な物をまき散らした。配信動画を確認すると消音にしているので正確にはわからないが、すぐ隣にいた一緒に隠れていた女がスイカの中身を被ったようで何か大声で喚いているようだった。


 コメント文字を見る限りは、今回の殺し方は好評だ。さて、ション便を漏らして泣き喚いている女は好きだが、彼女も同じように殺してしまおう。また排莢をして次弾を装填し狙いを定める。


 ボンッ。


 二つ目のスイカが爆ぜた。それに合わせるようにインカムがジジジと電波を拾った。



『ちょっと! アンタなんてことしてくれたのッ!!』


 

 ん? なんか怒られるようなことしたか。


『あれだけ最初に配信はチェックしろって言ったでしょ!!』


 本部のお姉さんにヒステリックに怒られて、慌ててタブレットに目を向ける。配信映像では、飛び散った脳みそと頭蓋骨の骨片をウサギマスクと洋服に付けたジャジャ・ラビットさんが、先ほど俺が殺した二人が隠れていた車の上で仁王立ちしていた。


「あー……もしかして、ラビットさんの演出邪魔しちゃいましたかね……?」


 双眼鏡でも現場の確認をしてみる。ジャジャ・ラビットさんは頭の吹っ飛んだ対象者にサブマシンガンの銃口を向けたまま固まっているので、俺が一人を殺したことで隠れていたプレイヤーを見つけて車の上に飛び乗って、なにか恐怖の口上でも宣っていたのだろう。さすがに申し訳なかった。


『他の社員が喋ってるプレイヤーを殺すのはダメって説明したじゃない』

「すいません。音立てたくなくて、タブレット消音にしてました」


 素直に謝る。俺のミスだ。次からはもう片方の耳にイヤホンをして実況聞くようにしよう。双眼鏡から目を離そうとして、ふとレンズ越しにジャジャ・ラビットさんと目が合った……気がした。いやいやいや、何百メートル離れてると思ってんねん。目が合うわけない。


 俺はその後は、大人しく粛々と今日のノルマをこなすことにした。エンタメを意識してやるのは、この仕事に慣れてからにしよう。


 ジャジャ・ラビット先輩、ホントすいませんでした。


 俺は悔恨の念を込めて、彼女に両手を合わせた。



◇◇◇



 バンッ。


 ノルマをこなし終わってホッとした瞬間、背後で扉が開く音がして被っていた毛布を脱いで俺は振り返る。侵入感知のトラップはどれも反応してなかった。参加者の中に元軍人でもいたのだろうか。


 ま、とにかくスナイパーは見つかったら、そこで「ジエンド」終わりである。仕事の初日からプレイヤーに殺されるとか査定に響きそうだなぁ。そんなことを考えていたが、この狙撃ポイントを見つけた人物は予想外の人だった。


「えっと……ジャジャ・ラビットさんですよね? はじめまして……あ、俺、今日から……」


「おい。新人。てめぇ、なに人の獲物、横取りしてんだよ」


 挨拶し終わらないうちに、怒号を浴びせられる。


 ずんずんと距離を詰めてくるジャジャ・ラビットさんは、マスク越しでもわかるほど怒っていた。ヤバいな。とりあえず、ライフルから離れよう。スナイパーの機材はどれも高いし、精密機器だ。ここで暴れられて壊されると困る。


 そんな俺の配慮を無にするように、ジャジャ・ラビットさんは俺を蹴飛ばす前にライフルの方を蹴飛ばした。うわ……これスコープ逝ったな……。横っ倒しになった愛器を見ながら絶望する。


 彼女は屋上の柵まで尻餅をついた状態で這っていた俺を追い詰めると、逃げ道を塞ぐようにロングブーツを履いた足で柵ドンしてきた。そして、頭頂部にサブマシンガンの銃口を当てられる。でもそんなことよりも目の前にあるスカートの中身の方が気になった。柵ドンされた関係で、彼女の股間が丸見えだ。



 思いのほか、Tバックに彼女のあわびはキレイに収まっていた。



「あ……意外と、はみ出さないもんなんスね」



 そして、ゆっくりと片足を下ろした彼女にサブマシンガンの弾を文字通り顔射されて、俺は死んだ。




◆◆◆



 これは、無人島を改造して作られた『ネオ渋谷』を舞台にデスゲームのイベント運営を行っている『(株)まえかぶゲーム・オブ・ザ・ダイニングデッド』に就職した俺の笑いあり涙ありラブロマンスあり、そして殺しあり殺されありの愛と勇気と友情の日々を綴った感動のヒューマンドラマ日記である。



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