『羽田さんの話』
羽田さんというのは夏休みに名前で聞いた人だ。確か新聞部の部長をしていると言っていた気がする。そんな人が一体何のために私を連れ出しに来たんだろうか……?
「あら?桜田さん?」
連れてきた場所は新聞部の部室だった。川崎さんが驚いたように声を上げている。
「舞菜ちゃ〜〜ん。お望みの桜田さんを連れて来ましたよ〜」
「ちょ!部長!余計な事言わないで下さい!」
………?何だこの展開は……私何でここに連れてこられたんだろう……。
すると、奥からメガネをかけた女子生徒が顔を出した。
「その人が白鳥さんを誑かしたっていう子ね」
睨みつけんばかりの目つきでこちらを見てくる彼女を見て私は思った。……えっと……誰だろうこの人? 私が戸惑っていると、
「いい気なものね!深川先輩や雪村先輩にまで色目を使っている挙句、白鳥さんまでたぶらかすなんて!あなたには幻滅しましたわ!!」
……急に怒り出した!?川崎さんも羽田さんもめちゃくちゃ戸惑ってるし!!
「ちょっとー。優里ちゃん落ち着いて……」
「そうよー。優里。桜田さん困っちゃうじゃない」
2人に宥められてようやく落ち着いたのか彼女は深呼吸をして言った。
「す、すみません。初対面なのに失礼な態度を取ってしまいまして」
「い、いえ……私がはっきりしてなかったせいですから気にしないでください」
文化祭で誰に決めるとはいえ、他の人はそんなこと知らないわけだし……。
「でも、文化祭までに決めるんだよね?」
私の考えを読み取ったかのように羽田さんが私の耳元に囁いた。そ、そんなに私分かりやすいかなぁ……?
「優里もさー、白鳥さんが好きなのは分かっているけどもう少し冷静にならないとダメだよー」
川崎さんが諭すと、優里、と呼ばれた女の子の顔が赤く染まった。そして恥ずかしさを誤魔化すためか咳払いをしながらこう言った。
「と、とにかく!私は貴方を認めていませんからね!」
そう言いながら、勢いよく扉を閉めて出て行ってしまった。…呆然としていると羽田さんが口を開いた。
「…ところで桜田さん。誰を選ぶの?」
「あ、あの……優里さん……は追わなくて良いんですか?」
「うん。いつものことだからねー。あんなのに戸惑ってたら身が持たないよー」
そ、そうなのか……なんか大変そうだなぁ……
「それより、誰が本命なんですか?やっぱり雪村先輩ですか?雪村先輩って可愛いし優しいし綺麗だし完璧ですよねぇ〜」
「いやいや、そこは奏ちゃんでしょう!見た目はもちろんだけどスポーツ万能とかもう神の領域じゃーん」
「た、確かに二人は素敵な方だとは思いますけど……」
そう言いかけた時、扉がバンッという音を立てて開いた。そこには先出て行ったはずの優里さんの姿があった。
「いやいや!ここは白鳥さん一択でしょう。頭脳明晰・容姿端麗・才色兼備の三拍子揃った彼女が一番であるべきですわ!!」
戻ってきた?!ど、どうして戻ってきたんだろう……しかもまたすごい熱量で喋り始めたし……。
「ほら!どうせなら今ここで決めてしまいましょう!誰か1人選んで下さいな!」
いきなり戻ってきて押しが強い上に無茶振りしてきたんだけど?! すると、羽田さんが何か思いついたような顔をした。
「そうだわ!このコスプレ衣装貸してあげる!これをみんなに着せて写真を撮ればきっと盛り上がると思うわよ!そしてその写真を私にちょうだい!記事にしたいの!」
羽田さんが手に持っているのは先までみんなが着ていたメイド服とは違うロングスカートタイプものやチャイナドレスなど……沢山のコスプレの衣装だった。
「こ、コスプレ大会するんですか!?」
「ええ!せっかくの機会だもの!楽しまないと損だわ!それに写真もたくさん欲しいし!!」
目がマジだ……確かに三人ともすごく似合ってると思うし見たい気持ちもあるけれど……でも――、
「そ、それって……記事にするためにやるんですよね……?」
「もちろん!それがどうかしたかしら?」
羽田さんの表情は変わらない。別に羽田さんが悪いわけじゃないし責めるつもりはないのだけれども………でも、
「ごめんなさい。記事にするのなら私は協力できません……」
だって真白先輩も奏先輩も真美ちゃんも羽田さん……とゆうか、記事にされるの嫌っているし……そんなみんなのことを面白おかしく書かれたりしたくないし……
「あー、そんなに嫌われてる感じ?まぁ、無理強いするつもりは無いし私は諦めるけど……」
「…まぁ、あれだけ執着に取材されてるんじゃ仕方ないよね……」
「部長達がしつこくやるから……!私はちゃんと止めましたよ!?」
……帰りたい。こんなにも、早く家に帰ってベッドでゴロゴロしていたいと願ったことは今までにあっただろうか? それからも羽田さん達は粘ってきたが、結局私が折れることは無かった。
「わ、私、優柔不断だし……まだ決められないどうしようもないけど……でも、三人が大好きだから……傷つくところなんて見たくありません……」
私がそう言うと、三人は少し驚いたように目を見開いてから、
「そう。……なら、記事にしなきゃいいのよね?じゃ、私達個人で楽しむ分なら問題無いわけよね?!」
羽田さんが詰め寄ってくる。……個人で楽しむ分には何も言えないけど……騙してる可能性もあるわけだし……
そんなことを考えているうちに、羽田さんは――、
「お願いよ。桜田さん。協力してくれないかな?私達の文化祭を盛り上げるために……!貴方の力がどうしても必要なの……!!」
私の手を握って懇願するように言ってきた。こう言われると、私は弱い。
羽田さんは記事のためなら手段を選ばず、どんなことでもするような人だが、それでも文化祭を楽しみたいという気持ちは本物だと思うし……
「部長ー、桜田さんが困っているのにそんな言い方はダメですよー」
「そ、そうよ…!そんなに困らせては可哀想ですわ」
二人が私を庇ってくれるけど、羽田さんは変わらぬ口調で言う。
「ええ。困らせてるわよ。そうでもしないと勝ち取れないでしょ?それに……私、個人的に奏ちゃんの写真が欲しいだけだもの。記事にするのは諦めるけど……個人の趣味として手元に置いておきたいのよね。……それも……駄目?!」
うるうるとした瞳でこちらを見る。ずるいよ……これ、断ったら私が悪者みたいになるじゃん……! 私は、小さくため息を吐きながら、
「わ、わかりましたから……!その代わり……絶対に悪用も記事にもしないのが約束ですからねっ!」
と、私は釘を刺しておいた。
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