『花火大会』
季節は八月。あのカラオケ以来川崎さんの話題を出すこともなく、夏休みを過ごしていた。
そして今日は花火大会当日だ。
花火大会の次の日に学校がある。つまり、今日は夏休み最終日なのだ。最終日はみんなこの花火大会にいく。少なくとも私の近所の人達は花火大会にいっているはずだ。
そして私も例外ではない。毎年、浴衣なんて着てなかったし、今年もそうだったけど――。
「何で菜乃花先輩、浴衣じゃないんですか?!」
「菜乃花の浴衣姿見たかったなぁ」
「菜乃花ちゃん、浴衣じゃないんだ……勝手に想像してたよ……」
真白先輩と奏先輩も残念そうな声をあげるけど……そもそも、私……浴衣を持ってないんだよね……
因みに、みんなは浴衣姿である。真白先輩は薄い水色の花柄が散りばめられていて、奏先輩は濃い紫を基調とした大人っぽい浴衣を着ているし、真美ちゃんはピンクの可愛いらしい浴衣を着ているし、髪型だっていつもと違っているし。
私はいつも通りの服装と髪型だしなぁ……髪型ぐらい変えるべきだったかなぁ……。
「菜乃花先輩が浴衣じゃないのは少し……いや、めっちゃくちゃ残念ですけど!でも、その格好似合ってます!!」
勢いよく、真美ちゃんは言う。そんなこと言われたら照れるんだけど……後ろも2人ともうんうんと頷いているし……
「あ、あの……!私かき氷買ってきます!」
褒められて恥ずかしくなったからなのか分からないけれど、とりあえずその場から離れたかった。
△▼△▼
かき氷を四人分買った。だけど、四人分だと持てないので奏先輩が手伝ってくれた。他の二人は場所取りをしているみたいだ。そして――。
「あの人めっちゃくちゃ美人じゃね?」
「隣の子が霞んで見えるわー」
そんな声が聞こえてくる。それはそうだと自分で思う。隣にいる人が美少女すぎるし、私なんかの隣にいても釣り合わないと思う。
「……菜乃花?どうしたの?」
ボーッとしていたのか、心配されてしまったようだ。奏先輩――。美人で言いたいことはズバッと言えて頼りになる。こんな素敵な人は他にいないだろう。
でも、真白先輩も真美ちゃんも魅力的だし……何の言い訳をしているのか分からなくなってきた。
「本当にどうした?顔赤いぞ?」
顔を覗かせながら言われて、思わずかき氷を落とそうになった。
「大丈夫ですよ!?ちょっと暑くて……」
「ならいいけどさ……体調悪くなる前に言えよ?」
優しい言葉を掛けてくれる。……奏先輩は優しい。いや、奏先輩だけじゃない。真白先輩も真美ちゃんも優しいのだ。だからこそ、辛い。
「(何度目だよ……って思う、けど)」
何度この気持ちを心の中で呟いたのだろう。何度この気持ちを隠そうとしたのだろうか。もう慣れたはずなのに辛くなっている自分が嫌になった。
「…あ!菜乃花先輩に奏先輩〜!こっちですよ〜!」
真美ちゃんの声がする方へ目を向けた瞬間――。
「………ごめん。二人とも」
そう言って奏先輩は私の手を掴んだまま走り出した。
「は!?奏!菜乃花ちゃんを連れていくなんてずるいわよ!!待ちなさい!!」
後ろの方では真白先輩の大きな声が聞こえるし、真美ちゃんも『何やってるんですか!?抜け駆け禁止ですよ!!』と言っている気がするが私は混乱していて何も考えられなかった。
ただ一つ分かることと言えば、奏先輩の手は大きくて温かくて安心出来るということだけだった。
かき氷のカップはひしゃげて中身が溢れてゆく。せっかく買ったかき氷だったのにもったいなかったな……なんてこの場の状況には全く似合わないことを考えている自分に呆れた。
「………はぁ。これぐらいしたらあいつらも追ってこないだろ」
不意に奏先輩が立ち止まった。場所は神社の裏側にある木陰の下。周りには誰もおらず、静寂に包まれていた。
「ど、どうして奏先輩は……」
「あん?菜乃花と一緒になりたかった。ただそれだけだよ。かき氷も真美と真白と渡したし。私と菜乃花の分は無駄になったのはごめんなんだけど」
「で、でもあんな急に……びっくりしました」
「そりゃそうだわな。まーとりあえず座れよ」
促されて隣り合って腰掛ける。まだ心臓が激しく動いている。走ったからなのか、それとも……
「どうした?座れよ」
「で、でも……」
今、隣り合ったら絶対にドキドキしてしまう。それは避けたかった。だからと言って離れることも出来ない。
「……嫌か?私の隣は」
悲しそうな声で言われた。いつもみたいに強気な口調ではなくて、弱々しい言い方だった。そんな奏先輩を見たくなくて、私は首を横に振って、隣の席に座った瞬間――。
「……あ、花火上がったな」
ドーン!という大きな音と共に空に大きな花が咲いていた。綺麗だと思った。でもそれ以上に……。
「(……眠い……)」
疲れたのかな……?でも、このまま寝たら風邪引くし……でも、瞼が落ちてきて……
「(……ヤバイ。耐えられない)」
意識が遠退いて、私は眠りについた。
△▼△▼
――逃げ出した理由なんて特になかった。菜乃花が辛い表情をしていた、なんて建前にすぎない。本当は私が菜乃花を独り占めしたいだけだ。
だって、菜乃花は可愛いから。それに優しいから。きっと、菜乃花のことを好きになる人はたくさんいるはずだ。
そんな菜乃花を他の人に渡したくない。ずっと一緒に居たい。菜乃花を独占したい。
この感情が何を意味するのか分からないほど子供ではない。
私だって人だ。感情が表に出にくいタイプだけど、それでも独占欲はあるのだ。
今だって――。
「無防備に寝るとか警戒心なさすぎだろ」
無防備に眠る菜乃花にそっと触れてみる。柔らかそうな頬に、艶やかな唇。そして、長いまつ毛。
こんなに近くで菜乃花の顔を見るのは初めてかもしれない。
もっと見たいと欲望が募ってゆく。そして――。
「(キス、したい……)」
これは菜乃花が悪いんだ。私の前でそんな無防備に眠っているのがいけないのだ。
ゆっくりと顔を近づけていると――。
「かーなーでー」
「奏先輩〜?何やってるの〜〜?」
ゴゴ……と背後からは恐ろしいオーラが漂っている。振り返れば鬼の形相をした真白と真美がいた。………まぁ、この反応は予想してなかったわけじゃない。
……とゆうかしていた。二人だって菜乃花が好きなのだし、邪魔をしてくるのは当たり前だろう。
でも、ここで引き下がる訳にはいかない。
「てゆうか、菜乃花先輩を独占するとかずるいですよ!」
「本当にね。抜け駆けはダメでしょ?」
そのあとは反論の余地もなく、二人に散々嫌味を言われて、交代制で菜乃花を独占することになった。
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