『決意の改め』
胃がキリキリとしていて痛い。これはきっとストレス性の物だ。こんな修羅場になるなんて思わなかったのだ。
今いるのはカラオケだ。川崎さんが『思いっきり歌いたいからカラオケ行こう?』と言われ、流れでカラオケに行くことになったのだけど――。
「菜乃花先輩、私とジュエットしましょう!」
「は?私が菜乃花とジュエットするんだけど?」
「ずるい!私が菜乃花ちゃんとジュエットするの!」
そう言いながら三人は言い争いをし始める。……こんなことなら行くのを辞めたいけど、今更そんなこと言っても遅いだろう。
それにしてもなんでこうなった……?
「いやー、桜田さんが来なかったら三人に殺されるかと思ったわぁ。来てくれてありがとうね♡」
……川崎さん、サラッと怖いことを…!てゆうか、必死だったのはそのためか……でも、あの三人、何故川崎さんを…?
「あ、あの……川崎さんはどうしてあんな状況になったんですか……?」
私がそう聞くと川崎さんは少し考えるような素振りをしてからこう答えてくれた。
「この状況は罰ゲームみたいなもので……」
「……ば、罰ゲームって何ですか!?」
私は思わず声を上げてしまった。だって五人と出掛ける罰ゲームとか意味が分からない。しかも、距離近いし、三人は言い争っているから気づいてないけど……
とゆうか、これ誰が誰に罰ゲームさせたんだろう……それにしても――
「あ、あの川崎さん……近いんですけど……あと、この体勢恥ずかしいんで離してくれませんかね……?」
何故か川崎さんは私の腕を抱き締めている状態になっている。そして、それを他の三人が見ているという構図なのだ。正直言ってかなり居心地が悪い。
「えぇ~、でも、これも罰ゲームの一つなんだよねぇ」
「そ、そうなんですか……?」
「うん。だから暫くこのままでお願いね。恨むならこんなことを命令したあいつ――明里先輩に文句言ってね!」
……明里先輩って……誰のことだろうか……?と、私が疑問を浮かべた瞬間に――。
「は?羽田何やってるんだよ……」
「後輩に何をやらせているのかしら……羽田さんは」
真白先輩と奏先輩の目が変わったな!?めっちゃくちゃ怖いんだけど……!にしても――。
「その羽田先輩……?っていう人って一体どんな方なんですか……?私知らないのだけど……何で私の名前を知っているんですか……?」
真面目に意味が分からない。罰ゲームでそうなったことも、どうして私達をターゲットとしたかも……。
すると、川崎さんが気まずそうにしてからこう言った。
「あー……私さ、新聞部なのよ。それでさ、記事にしようと思ってあんたらのことを調べていたわけ。それでこんな状況になったわけ」
……なるほど……?つまり、記事のためにやったということなのか……?てゆうか真美ちゃんの視線がめっちゃくちゃ怖い。
目も笑ってないし、無言の圧力半端ないし……真白先輩と奏先輩は違うところに殺気を放ってて怖すぎるし……もう帰りたい。
「帰りたい……って思ってる?でも、無理だよ。だってさー」
また、距離が近付く。今にもキス出来そうな距離まで来ていていた。実際、キスされるんじゃないかと思ったくらいの距離だったが――。
「ここで逃げたら桜田さんが三股してる………みたいな記事書くことになると思うけどいいかな?」
耳元で囁かれる言葉にはかなりの重みがあった。それは脅しに近いような感じだ。これは逃げられないかもしれないような迫力があった。
「それに、イラつくんだよね。告白を保留にしてる桜田さんのこと」
更に追い打ちをかけるように言われる。サラッととんでもないことを言われたような気がするが、川崎さんの言葉は正論だった。確かに側から見たら私は三股しているように見えるだろう。
私が優柔不断なせいで。酷い女だと罵られても仕方がない。それでも、今は三人との関係を壊したくないのだ。だからと言って、この場を逃れるために嘘をつくことは絶対に出来ない。
「何も言わないってことは認めるってこと?それとも、黙秘するってこと?まぁ、どっちにしろ……否定しない時点で最低だと思うけど。もういっそのこと全員振っちゃえば?そしたら、少しはマシになるんじゃね?」
川崎さんの言う通りだ。このままではダメなんだということは分かっている。分かっていても、まだ決断できない自分がいるのだ。
「ちょっとあんた!先から菜乃花先輩と距離近いんだけど!」
真白先輩が私の肩を抱き寄せながら声を上げる。しかし、川崎さんは全く動じることなく、
「えー?そう?普通じゃない?てゆうかさ私、白鳥さんより先輩なんだけど?敬語使えって先輩達に言われなかった?それに、私はただ罰ゲームの実行をしているだけであって、別に恋愛感情はないから」
と、言い放った。そして――。
「ま、帰るわ。じゃあね」
川崎さんは手をひらりと振り、その場を去った。カラオケ行こう!と提案したの川崎さんだったのに一曲も歌わずに帰ったよ……そして、残された私達はというと――
「あの人なんなの!?本当にムカついたんだけど!」
真美ちゃんが怒り狂っている。奏先輩と真白先輩も怒ってるっぽいし……だけど、川崎さんが言ったことはかなり的を得ている。
このままではいけない……なんてこと、私が一番よく分かっている。優柔不断ではっきりしない態度を取っている私が悪い。
そんなの誰よりも分かっている。でも、私はこの関係を失いたくなくて……保留だなんて逃げ道に使っているなんてこと私が一番よく知って――。
「……え?」
その時、私の視界は真っ暗になった。そして、胸の辺りが温かくなって……抱きしめられていることが分かった。優しくて温かい……まるでお母さんのような包容力のある感覚。
顔を上げればそこには奏先輩がいた。
――どうして……?どうして奏先輩はこんなことを……? そう思った瞬間、今度は後ろからも包み込まれるような感触がした。振り返ると真白先輩に抱き締められていた。
「あんな奴の言うことなんて信じるなよ。菜乃花」
「そうよ。私は待つわよ。あなたが答えを出すまで……」
「先輩達……」
二人にそう言われ、嬉しく思う反面、申し訳なくも思ってしまう。
「菜乃花先輩が三股とかあの人、言ってたけど…付き合ってるわけではないんだから三股もクソもないですよね?だから、気にしなくても大丈夫です。先輩は先輩のままでいてください」
あんなに小さい声で言ってたのにみんなに聞こえていたの……?どんな地獄耳なんだよ……。
でも、三人の優しさに心が癒された。でも――。
「(気にするな……って言われても……)」
やっぱり気になってしまう。どうすればいいのか分からない。でも、このままでいたらきっと三人を傷つけてしまうのは確かだから。
だから――。
「決めた……」
誰にも聞こえないように小さく、呟いた言葉。その言葉に込められた決意は私にとってとても大きなものだった。
「(もう逃げるのはやめる………)」
これは私にとって大切な一歩だ。今まで逃げてきた自分との決別だ。
私はゆっくりと深呼吸をして、前を見た。
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