1章 隣の魔法少女(4)
カヲルはぼくの許可を待つことなく昨夜から接続しっぱなしのザバーンの電源を入れ、テレビ画面の四隅に激突しながら「ダンス・クリムゾン」のロゴが表示される。
「あの四匹目のコウモリの倒しかた、ずっと考えててさあ」
ぼくの許可なくクリムゾン・マットを広げると、制服のスカートのまま踏みしめる。
ぼくは呆れ顔をむけて、
「……きみ、ハマってない?」
「ハマるわけないじゃん、こんなクソゲー! 四匹目倒したらやめるし!」
『せっかくだから、おれはこの踊りで戦うぜ』
聞き飽きたウォンバット越後の決め台詞で、カヲルのスイッチが入る。
「戦うぜ!」
「……すごいハマってる……」
膝上で丈の切れたスカートを履いたまま、カヲルは大股をおっぴろげ、荒々しくステップを踏む。白くて眩しい太ももが露わに跳ね踊り、ぼくはまたしても赤面して目を逸らしてしまう。
カヲルはぼくのことなど意に介さず、小学生の落書きみたいなコウモリと激闘を繰り広げ、三匹目。
「ぎゃー」
『GAME OVER』
「腹立つ! ほんっとコウモリ腹立つ‼」
「ほどほどに……。あと、髪、乱れてる」
「四匹目だけ! 倒したら行くし! オープニング長いっ!」
『せっかくだから、おれはこの踊りで戦うぜ』
「戦うぜ!」
胸を左右互い違いにゆさゆさ揺らし、太ももの付け根まで外界に晒して、カヲルは必死にコウモリと戦い。
「このクソゲーが‼」
『GAME OVER』
四匹目に倒されて、涙目で地団駄を踏む。
「学校まだ~?」
「あと一回だけ!」
もうすぐ登校時間なのに、またバカみたいなオープニングを眺め。
「「せっかくだから、おれはこの踊りで戦うぜ」」
すっかり台詞のタイミングも覚えてしまい、越後と声をユニゾンさせて、カヲルは今朝三度目の勝負に挑み、二十三秒後。
『GAME OVER』
「この開発者、バカでしょ⁉」
「きみもね」
「うるさい‼ コウモリ倒したらやめるし‼」
この様子だと、たぶん次に出てくるハニワまでいきそうだけど。
「……そろそろ学校行こう。あと、髪、ひどい」
「ぎゃー」
台所の鏡で跳ね踊った髪の毛を確認し、カヲルは悲鳴をあげてバッグからブラシを取り出して髪へあてる。ぼくはその間、六畳間で制服に着替え。
「完成! 学校行くぞ!」
「う、うん」
なんとなく勢いに乗せられ、髪を後ろでまとめたカヲルと一緒に部屋を出た。
外付けのアルミ階段をくだって中庭へ降り立つと、ぼくの部屋の直下にひとりで住んでいる大家のおばあちゃんが、ぼくたちを見て人なつこい笑顔を浮かべた。
「あら、あんたら、もう仲良くなったのかい」
飼い猫のミーとクーが、おばあちゃんの足下に身体を擦り付ける。カヲルは笑顔で、
「はい、おかげさまで! あの、上の部屋、うるさくないですか⁉」
「え?」
「うるさくないですか⁉」
「あぁ、この髪はね、そこの美容院で染めてもらったんですよ」
「そうなんですか! わたしもそこ行こうっと!」
カヲルは律儀に話を合わせ、大家さんに手を振り、鉄柵のゲート前へ。
「おばあちゃん、耳遠いんだね」
「聞こえてたら、絶対文句言ってくる」
ボロアパートの二階でクリムゾン・マットを踏み荒らして踊っていたら普通は階下から苦情が来るだろうが、大家とぼくとカヲルしか住んでいない我が「ひなた荘」では大丈夫。ていうかカヲルがクソゲーに飽きてくれれば問題などなにもないが。
裏路地を抜けて、通学路へ。
ぼくの通っている都立上(かみ)祖(そ)師(しが)谷(や)高校、通称「ガヤ校」まで歩いて十五分ほど。
通りにはちらほら、同じ制服を着た高校生が歩いてる。顔見知りに見つかれば絶対に、隣を歩くカヲルのことを聞かれるので、ぼくは見つからないことを祈る。ぼくもなぜこんな美少女が隣に住んでいるのかよくわかっていないのに、他人に説明できるわけがない。
そしてぼくはさっきから、カヲルの仕草が気になっている。
「それ、クセ?」
「ん?」
怪訝そうなカヲルにむかい、ぼくは人差し指と中指をそろえ、虚空へ文字を書くように滑らせる。この仕草をカヲルはここにくるまで、もう三回も繰り返した。一度目はアパートのゲート前、二度目はファミマの前、三度目はいま。
カヲルは至って真面目な表情で、
「そっか。修行経験ゼロだったね」
「…………?」
「集中してあの標識の前あたり見て。光ってる模様みたいなの、見えない?」
言われてぼくは、カヲルが指さす赤い×マークの交通標識を眺める。
「眉間に目があるイメージで集中」
そんなところに目はない、という言葉を飲み込み、言われるまま眺めるが。
「なにも見えない」
ふーん、とカヲルは鼻の先で返事して、人差し指と中指をそろえ、虚空に模様のようなものを描いた、そのとき。
「ん?」
わずかに交通標識の手前あたりで、蒼い光の粒が散ったような。
「見えた?」
「……ちょっと、光った」
へえ、とカヲルは少し、感心した表情。
「修行してなくてそれなら、上出来」
褒められても、ぼくには全然ぴんとこない。
「なんの光?」
「招待状もらったから、夕飯のあとで行きます、って返事したの」
カヲルの返事はいつものように、説明を省きすぎていてよくわからない。
「きみも、今日の夜あけといて」
カヲルは一切なにも説明せず、一方的に要求を突きつけてくる。
「なんで」
「パーティーするから。動きやすい格好で」
「……………………」
なにを言っているのか、さっぱりわからない。そして質問を重ねても、たぶん意味のわかる答えは返ってこないだろう。
「きみが見たことないもの、見せてあげる」
釈然としないぼくの横顔をちらりと見、カヲルは言った。
ぼくはもはや、カヲルの言葉にいちいち首をひねるのをやめていた。言葉を受け流し、道の先へ目線を送る。
並木道のむこう、都立上祖師谷高校の校舎があった。今日はこれから始業式、ぼくは高校二年になる。
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