幕間

†††


 下水流家のお姫さまが、笛と太鼓をかき鳴らして上京してきた。

 自らの所在を隠しもせずに堂々と、魔力をダダ漏れにして安アパートに引っ越している。

 身を隠す気などさらさらない、東京の魔法使いへケンカを売っているとしか思えない、まさに横綱の土俵入り。

 少年はお姫さまの新居を睨み、呟く。

「東京ナメんな」

 金髪の坊主頭、こめかみに稲妻状の刈り込み。鋭すぎる目つき、タンクトップにカーゴパンツ、つま先に鉛の入ったショートブーツ。細身だが鍛え上げられた両腕、胸元、手首、指先にシルバーアクセサリー、耳にはピアス。道を歩けばたいがいの人間が避けるであろう金髪の少年は口元に歪んだ笑みをたたえて、目の前に佇む「ひなた荘」二階を見上げる。

「余裕だな、お姫さま」

 鉄柵のゲートのむこう、中庭を挟んで、西に面した二階建ての粗末なアパート。

 現在時刻、零時三十分。窓明かりはすでに消え、住民たちは寝静まっている。

 路地に面した角部屋、201号室に住んでいるのが上水流家の婚外子、神門ツカサ。その隣の202号に、下水流家のお姫さま、下水流カヲル。

 神門ツカサの存在は七年前の「事件」から探知している。だからこそ少年はこの街に移り住み、虎視眈々と機会をうかがってきた。そして今日、ついに下水流家のお姫さまがたったひとり、ツカサを育成・監視する目的で上京してきた。

ツカサを張っていればいつか必ず現れると見込んだ、待ちに待った大物だ。倒せば、ファーストランクの精霊を入手するのも夢ではない。

「身ぐるみ剥ぎ取ってやんよ」

 少年は上腕を持ち上げ、中指と人差し指をそろえて、空間へ梵(ぼん)字(じ)で下水流カヲル宛の「招待状」を書きつける。

 用事を終え、少年はアパートに背をむけ、路地を歩み去る。

 明日の朝、お姫さまは「招待状」に気づく。招待を受けるか受けないかは先方次第だが、これだけ派手に魔力を漏洩させている以上、逃げることはないだろう。

 少年は「ひなた荘」から都立上祖師谷高校へつづく通学路を歩みながら、鋭い視線を周辺に這わせる。

――「招待状」を送ったのは、おれだけじゃない。

 ――ダダ漏れの魔力に気づいて、すでに複数のヨビトクが集まっている。

 下水流家の「継承者」の実力がどれほどのものなのか、在野の魔法使いたち――公式名称「予備特務員」、通称「ヨビトク」――が興味を持っている。あわよくば名家が代々収集してきた高ランクの精霊を奪い取ろうと、通学路には他のヨビトクの「招待状」がすでに四枚、仕込まれていた。

 ――おれをいれて五人か。連合してお姫さまに立ち向かうのもアリだな。

少年は顔を上げ、宵闇に浮き立つ上祖師谷高校の校舎の影を見据える。

「せいぜいおれを楽しませろよ、お姫さま」

 ぽつりと呟き、少年は夜の闇へ消えていった。


†††

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