第42話 呪い


(ほぅ……あの娘、解呪が出来るのか)


 サリールは目を細めて広場の一画を見つめた。

 彼の緑色の瞳が映しているのは、竜導師長の前で小さくなっている白金の髪の少女だ。

 つい先ほどサリールが竜目石に施した呪いを、どうやら彼女が解呪したらしい。恐らく無意識に解呪してしまったのだろう。竜導師長はその危険性を察知して少女を叱ったのだ。


 この王宮に来てから、あの竜導師長と少女の組み合わせを何度か見かけている。

 あの少女がミンツェ王女の飛竜を呼び出した時から、主のユルドゥスが彼女に興味を持ち始めたこともあるが、サリールもまた、黒髪の民の中でひときわ目立つ白金の髪を持つ彼女に目を引かれていた。


(面白い。竜導師の技を持つだけの子供だと思っていたが……それだけではない、という訳か)


 建物を背にして立つ少女を見つめ、サリールは笑みを浮かべた。



 〇〇



 その頃。

 ミンツェ王女はエドゥアルド王子と腕を組んで、竜目石の品評会場を見て回っていた。


「竜目石とは、本当に様々な色合いがあるのですね」

「ええ本当に。私はお婆様の石を譲り受けたので、こんなにたくさんの竜目石を目にするのは初めてです」


 エドゥアルドはもちろんだが、ミンツェも色とりどりの貴竜種エウレンの竜目石を目にして、心の底から感嘆していた。


 テミルとミンツェの母は早くに亡くなっていたので、ミンツェは祖母のことを母のように慕っていた。その祖母の竜目石を譲り受けたことは誇らしかったが、もしも自由に竜目石を選べるのだとしたら、自分はどのような竜目石を選ぶのだろう。そんな思いがミンツェの心に生まれていた。


「私も自分の竜目石が欲しいのですが、ここにある石は全て国庫に納められると聞きました」


 残念そうにため息をつくエドゥアルドは、媚びのこもった眼差しでミンツェを見つめる。まるでミンツェに父王を説得してくれと言いたげな視線だが、そんな眼差しにほだされるミンツェではない。


「そうらしいですわね……殿下のお国からいらした留学生の方も、たしか竜の谷村で石を買い求めたと聞きました。王都にも竜導師の店がありますし、殿下もお買い求めになったらいかがですか?」


 どんなに麗しい王子でも、ミンツェにとっては一夫多妻制の国から来た妻帯者だ。こんな笑顔に屈してなるものかとばかりにツンと顎を反らす。


「殿下という呼び方、他人行儀ですね……ミンツェ姫と私は婚約者同士ではありませんか。どうかエドゥアルドと呼んで下さい」


 エドゥアルドはめげずに甘い視線を向けるが────。


「婚約者でも、まだお会いしたばかりですわ。遠慮いたします」


 ミンツェの素っ気ない答えに、さすがのエドゥアルドもため息をつくしかなかった。


「……これ以上、ここで素晴らしい竜目石を見るのは目の毒だ。私はその留学生の飛竜テュールを見に行きますが、ミンツェ姫もご一緒にいかがですか?」

「飛竜を?」

「ええ。彼の飛竜は、近衛府このえふの竜舎にいるのです」


 エドゥアルドはそう言って一度は腕組みを解いたが、ミンツェが飛竜に興味を示すと、改めて彼女の手を取って広場奥の建物に向かって歩き出した。

 手を引かれるままミンツェが歩き出すと、後ろを歩く侍女たちも歩き出す。

 その侍女の列の中に、どこからか戻って来たヌーラがするりと加わるのを目の端で確認し、ミンツェはホッと息をついた。


 近衛府は、四角い広場を囲んで建つ四つの建物で成り立っている。近衛府の正面玄関でもある北側にある建物が執務棟。広場を挟んで東西にある建物が近衛士や竜衛士の宿舎。そして南側にある大きな建物が飛竜の竜舎だ。


 エドゥアルドに手を引かれてトンネルのような通路を通り抜けると、品評会の会場とは別の広場に出た。


「わぁ!」


 ミンツェは思わず感嘆の声を上げた。

 飛竜の発着場でもある広場の中央で、青銀色に輝く美しい飛竜が日光浴をしていた。


「何て美しい飛竜テュールでしょう!」


 飛竜の白いたてがみにブラシをかけていた竜衛士が、手を止めて臣下の礼をとる。


「彼が留学生のセリオスです」

「まぁ、素敵な飛竜をお持ちですわね!」

「ありがとうございます」


 セリオスは深く頭を下げた。

 ミンツェはエドゥアルドの手が離れたのを良いことに、飛竜の周りをぐるりと回った。彼女の後をついて来た侍女の中からヌーラが進み出て、ミンツェの隣に並んだ。


「ミンツェ様。急ぎお知らせしたいことが……」

「わかったわ。竜舎の壁まで下がりましょう。そこで聞くわ」


 ミンツェはヌーラと共に飛竜を褒めたたえながら、さりげなくエドゥアルドから距離を取った。エドゥアルドもセリオスの飛竜をいたく気に入ったようで、ミンツェのことなど忘れたようにセリオスに質問を浴びせている。

 ミンツェが竜舎の外壁にぴたりと背を預けると、ヌーラが隣に並んだ。


「実は、王弟殿下お抱えの竜導師が怪しい行動をしていました」

「怪しい行動?」

「はい。彼が手をかざしていた竜目石が黒ず────」

「しっ!」


 ヌーラの言葉を、ミンツェが遮った。

 何事かと目を彷徨わせると、すぐにカツカツと反響する足音が聞こえてきた。

 ミンツェたちが先ほど通ってきた竜舎棟のトンネル状の通路を、誰かが歩いて来るようだ。

 初めは一つだった足音は、いつの間にか二つに重なり、やがて通路の中で立ち止まった。


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