第五章 暗躍する者たち
第40話 ヌーラは見た!
「あーあ、何てことかしら」
雪は止み、今日は朝からすっきりと晴れ渡っている。そんな清々しい青空とは対照的にミンツェ王女の表情は暗い。
昨夜、エドゥアルド王子がミンツェの父アルトゥン王に謁見し、
「明日の品評会、ミンツェ王女とご一緒してもよろしいでしょうか?」
と願い出たのだ。
むろん、アルトゥンはそれを快諾した。
「最悪よ! なぜ私があの人と品評会に行かねばならないの?」
「ミンツェ様……お辛いでしょうが、今は大人しく従うふりをして相手を観察しましょう。そして次の手を考えるのです!」
ミンツェに毛皮のついた白いコートを着せかけながら、ヌーラはいささか物騒な励ましの言葉をかけた。
「アズールへは私もお供いたします。二人で力を合わせて、この婚姻をぶち壊しましょう!」
「ヌーラ……でもあなた、春には結婚する予定じゃ……」
「大丈夫です。彼は私にぞっこんなので、私がアズールから戻るまで式を延期してくれますとも。それとも、ミンツェ様は私がついて行かなくても良いのですか?」
「そっ、そんなことある訳ないわ! ヌーラが来てくれたら心強いに決まっているじゃない! ああ、ヌーラ! そうね。諦めるなんて私らしくないわね!」
ミンツェは目尻に滲んだ涙を指先で拭い、笑顔を見せた。
エドゥアルドとの婚姻はもう避けられない。その事実に打ちのめされるあまり、ミンツェはもう抵抗を試みることすら諦めていた。だからこそ、アズール行きをずるずると引き延ばし、エドゥアルドとも会わないようにしていたのだ。
ささやかではあるが、それが今のミンツェに出来る唯一の抵抗だったから。
「そうですとも! 諦めるなんてミンツェ様らしくありません! 私もお傍におりますから、どうか思う存分、エドゥアルド王子に探りを入れて下さいませ!」
ヌーラの激励に、ミンツェは雄々しく頷いたのだった。
竜目石の品評会は、飛竜の召還を行った時と同じ
もともとは竜目石を割られた竜衛士の為の品評会だったので、王族や他国の王子が参加することになっても開催場所は変更しなかった。むろん、城の外から集められた竜導師たちが、市井の民であることも大きな理由の一つであった。
四角い広場の三方の壁に沿って簡易テーブルが置かれ、それぞれの店ごとに竜目石を展示販売する仕様だ。店の大きさによりいくつもテーブルを連ねている店もあれば、一つのテーブルにちんまりと竜目石を乗せている店もある。
見学している王族たちに遠慮しつつ、真剣にひとつひとつの竜目石を見ている男たちは、石を割られてしまった
ヌーラの前を歩くミンツェは、エドゥアルド王子が差し出した腕に手を添えて大人しく歩いている。テーブルの上に並べられた竜目石を見ながら、二人は時おり何やら囁き合っている。きっと相手の好みを探っているのだろう。
二人の後をついて歩きながら、ヌーラは会場の様子を見回した。
この品評会に参加している王族は、隣国アズールの王子とその接待要員となったミンツェ王女だけだと思っていたが、どうやら、あの好奇心旺盛な王弟ユルドゥスも顔を出しているようだ。彼の後ろには黒マントの竜導師が付き従っている。
一部の移民を除けば、ルース王国もアズール王国も黒髪の民ばかりだ。この広場の中も同様で、黒マントの竜導師の銀の髪はとても目を引く。フードを深々と被っていても、そこからこぼれ落ちる銀糸のような髪についつい目が行ってしまうのだ。
ヌーラが見ていると、黒マントの竜導師サリールがユルドゥスから離れた。自由に各店を見て回るのかと思ったが────。
(あの香水臭い男……何をしているのかしら?)
サリールは、テーブルをいくつも連ねた大きな店の端に佇んでいる。一見、竜目石をじっくりと観察し品定めしているようにも見えたが、彼は黒いマントから青白い手を出して竜目石の上にかざしている。
店の者は客である竜衛士にかかりきりで、テーブルの端にいるサリールに気づいていない。
ヌーラは眉を寄せた。
(これは、確かめる必要があるわね)
隣に並ぶ同僚の侍女にミンツェを頼み、ヌーラはさり気なくサリールのいるテーブルに近寄って行ったが、ヌーラが近づく前にサリールは別のテーブルへと移動してしまった。
(ああっ……)
一瞬、サリールの後を追おうか迷ったが、ヌーラはさっきまでサリールが立っていた場所で足を止めた。
(何を見ていたのかしら?)
ヌーラが視線を落とすと、テーブルには灰色をベースにした地味な
店員のいる所には色とりどりの
その普通種の竜目石がすべて、まるで
「なに……これ?」
思わず声に出してしまうと、その声を聞きつけて店員の少年がやって来た。ヌーラは知らないが、ここは竜の谷村から来たハリムの店で、店員の少年はエルマに意地悪をするイエルだった。
「あ、あれっ? 何でこんなに汚れてるんだろう? おかしいな。さっきまでこんなじゃなかったのに!」
イエルは慌てて汚れた竜目石をひとつ手に取り布で拭くが、汚れは落ちない。
ヌーラは視線をさまよわせ、別の店の前で足を止めているサリールの様子を窺った。
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