第39話 セリオスの忠告



「ここ、座っても良いか?」


 下級衛士が集まる食堂で、今夜も一人ポツンと食事をしていたエルマの向かいに、下級衛士とは少し違った制服を着た男が立った。


(バハルさん?)


 エルマがパッと顔を上げると、灰青色アッシュブルーの瞳と目が合った。目の前に立っていたのは、バハルよりもいくらか若いアズール人の青年だ。


「あっ……青い石のお客さん!」


 とっさに名前が出て来なくてそう言うと、相手はあからさまに顔をしかめた。


「セリオスだ。誰かを待っていたのか? 待ち人じゃなくて悪かったな」

「い、いいえ。待ってたわけじゃありません。大丈夫です」


 エルマはパタパタと手を振って否定した。

 実際、誰かを待っていた訳ではない。アールは今日も忙しいと言っていたし、バハルは会えること自体が稀なのだ。だからこそ、会ったらもう一度お礼が言いたいとは思っていたのだが────。


(あたし、そんなにがっかりした顔したのかな?)


 エルマはほんの少しだけ首をひねってから、向かいの席に座った青年──セリオスを見上げた。

 この城に来てから彼に会ったのは、ミンツェの飛竜シャルクを飛ばした湖の小島の一度きりだ。


「あの、あたしに何かご用でしょうか?」

「ああ。飛竜テュールのことで聞きたいことがあるんだ」


「飛竜のこと、ですか? そう言えば、セリオスさんの飛竜、やっぱり青色でしたか? すごく綺麗な竜目石だったから、どんな飛竜が来るんだろうって、ずっと気になってたんです」


 セリオスが買った青い竜目石は、エルマが掘り出した竜目石の中でも一、二を争うくらい美しい石だった。ついつい興味が勝って気安い言葉をかけてしまってから、エルマはハッと我に返った。


 竜の谷村でも、エルマがあれこれ喋った後にセリオスの機嫌が悪くなった。きっとお喋りな子供が嫌いなのだろう。


(それに、この人はきっと貴族だ)


「す、すみません!」


「いや。おまえから買ったあの石は素晴らしかった。呼び出された飛竜も青銀色の美しい飛竜だった。俺はあの石を買って良かったと思ってる」


「本当ですか?」


 エルマはホッと胸をなで下ろした。自分が見つけた竜目石を褒められたことも嬉しくて、顔がニマニマしてしまう。

 アールがシシルの弟子となったことで落ち込んでいた気分も、ほんの少しだけ浮上した。


「おまえはあの時、俺と竜目石が共鳴したのだと言っていたな。青い光が出たと」

「あ……はい」


 こういった話題はマイラムからいろいろと口止めされている。困ったエルマは言葉を濁したが、セリオスは構わず話を続ける。


「俺と俺の飛竜は、周りの竜衛士たちよりも良好な関係を築いている。それは、共鳴が関係していると思うか?」


「え、ええっと……たぶん、そうだと、思います」


「俺の飛竜も、竜舎から解き放てると思うか? それには名を贈る儀式とやらが必要なのか?」


「それは……」


 エルマは口ごもったままセリオスを見上げた。彼は、エルマがこの城に入る前の知り合いだ。出来ることなら質問に答えたいし、何でも協力したい。けれど。


「ごめんなさい。じつは、竜導師長様から、飛竜テュールに関する話はあまり喋っちゃいけないと言われているんです。最近いろいろ新しい事を始めたので、みんな不安になっているからって……」


 どう説明すればわかってもらえるだろうかと、エルマは必死に言葉を紡いだが、セリオスは意外なほどあっさりと頷いてくれた。


「ああ、そうだな。竜導師長様の言うとおりだ。おまえの知識ややり方は、この城のやつらにはあまり知られない方が良い。差別意識のあるやつらも多いだろうからな」


「はぁ……」


 何もかもわかっていると言わんばかりのセリオスの態度に、エルマはポカンとしてしまった。


「俺の質問に答えても良いか、竜導師長様に聞いてみてくれ。俺からも許可を頂けるか聞いてみる」


「は、はい。わかりました」


 なんて話がわかる人なのだろう、とエルマは感心してセリオスを見つめた。

 初めて会った時は急に不機嫌になったから、怒りっぽい人だと勝手に決めつけていたが、案外心の広い人なのかも知れない。


 会話が一段落したところで、エルマはセリオスの前に食事のお盆がないことに気がついた。上級衛士の食堂で食事を済ませてから来たのだろうか。テーブルの上にあるのは湯気の立つカップが一つだけ。たぶんバター茶だ。


 日中いっぱい降り続いた雪は夕方には止んだが、かなりの積雪だ。こんな冷え込む夜は体を温めるお茶を飲むにかぎる。


(あたしも後でバター茶もらおうかな)


 エルマの視線を受けながらバター茶をひと口飲んだセリオスは、手にしていたカップをテーブルに置くなり、ほんの少しだけ身を乗り出した。


「おまえに一つ、忠告をしておく」


 彼は険しい表情を浮かべ、抑えた声でそう囁く。


「俺の祖国、アズールから王子が来ているのを知っているか?」

「あ、はい。ミンツェ王女様の許嫁の方ですよね?」


 エルマは頷き、セリオスにならって小声で返答する。


「そうだ。あの方には気をつけろ。おまえは例の件で、ミンツェ王女の竜導師という肩書を貰ったろう? おまえの知識を知れば、あの方は間違いなくおまえをアズールに連れて行くだろう。この城のやつら同様、エドゥアルド王子にも何も喋るな。何を聞かれてもわからないフリをしろ」


「え……えっ?」


 エルマは息を呑んだまま固まった。

 セリオスはアズール人なのに、どうして自国の王子を悪者のように言うのだろう。

 もちろん、エルマが利用されないようにと考えてくれているのはわかる。そのことに関しては疑っていないけれど、王子側のはずの彼がなぜこんな忠告を────。


「あのっ……」


 どんな風に質問すれば答えてくれるだろうかと、エルマが口ごもっている間に、セリオスは立ち上がってしまった。


「近いうちに竜導師長様を訪ねる。おまえからも許可をもらっておいてくれ」


 そう言ってセリオスは踵を返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る