第33話 勉強会



「まずは、飛竜テュールの呼び出し方を教えてもらおうか」


 マイラム竜導師長のそんな言葉から始まった勉強会は、思いのほか和やかに進んだ。

 勉強会というから他にも人がいるのだと思っていたエルマは、マイラムと二人だけの問答だったことに内心安堵していた。


 エルマは、ソー老師から教わった飛竜の呼び出し方、契約の仕方や注意点、飛竜との付き合い方、神の道を通れることなどなど、マイラムの質問に答える形で話した。


「一番大事なのは、何と言っても感謝の言葉です。それと、褒め言葉は忘れてはいけません!」


「そんな話は聞いたこともないぞ。昨日も言ったが、契約とは【名を与えて縛る術】だと教えられた。竜導師と飛竜テュールとの目に見えぬ戦いだと。だからこそ、力のない竜導師が命を失うこともあるのだと、そう認識していた。

 飛竜を褒め称えよなどとは、竜導師ギルドの竜導師からも聞いたことはないぞ。そもそも、おまえの言う【太古からの盟約】とは何なのだ?」


 マイラムは、この問答が始まってから定番となってしまった困惑顔で問い返した。


「えっ、ええとぉ……」


 エルマは言葉に詰まった。

 ソー老師はエルマにいろいろなことを教えてくれたけれど、その教えの大部分は、幼いエルマの為に子供用のお話にアレンジされていた。さすがに、それをそのままマイラムに話すのは気が引ける。


「あのっ、歴史の本とかに書いてないのですか? そうだ、神話の本の中にあるんじゃないですか?」


「ない。我が国の神話は天穹神の創世神話だけだ。飛竜テュールは出てこない。歴史書にあるものは英雄がらみの話だけで、飛竜との契約や付き合い方にまで言及したものはないはずだ」


「え? そうなんですか……」


「飛竜を使うようになったのは近代になってからだ。今でこそ、我が国は飛竜の国と呼ばれているが、すべて在りし日のイリス王国から伝わったのものなのだ」


「あっ、それです! ソー老師もその話をしてくれました。あたしに教えてくれた神話も、イリスに伝わるお話だったそうです」


「何だと?」


 マイラムは鋭い目でエルマを見る。ただでさえいかめしい四角い顔がますます怖い顔になって、エルマは亀のように首を引っ込めた。


「ええっとぉ、子供用のお話で良ければ、お話しますけど……」


 エルマはびくびくしながらそう尋ねてみた。

 マイラムが大きく頷いたので、エルマは恐る恐る話し始めた。



「むかし昔。人の子は二つの島に分かれて住んでいました。

 そのうち、ひとつの島が火で滅び、やがて海に沈んでしまいました。

 別の島に逃げられた人々もいましたが、逃げられなかった人もいました。

 海に消えていこうとしている人の子を憐れに思った神さまは、その人たちを飛竜テュールに変えて空へ逃がしました。

 神の使徒となった飛竜は、天界へ去ってゆきました。


 別の島に逃げ延びた人の子たちは、新たな国を造りましたが、天界へ去った兄弟たちのことが忘れられず、空へ消えた飛竜に呼びかけ続けました。

 天に近づくために高い塔を造り、神の声を聞くことが出来る巫女を集めました。

 これがイリス王国の神殿〈飛竜の塔〉のはじまりです。


 やがて呼びかけが実ると、巫女たちと飛竜との間に交流がはじまりました。

 神の使徒となった飛竜は、地上で苦労する大地の兄弟の為に力を貸してくれるようになりました。これが人と飛竜の盟約となり、やがて人々の間に広く伝わりました」



 エルマが上目遣いにマイラムを見ると、彼は意気消沈したように力無くため息をついた。


「なるほど。盟約とは、自分たちだけ飛竜テュールとなって天界へ去った者たちが、地上に残された我々を憐れみ、手を差し伸べてくれたということか。

 おまえの言う『ほとんどは飛竜の好意』という言葉の意味がよくわかったよ。感謝や褒め言葉が必要な訳もな」


「はい。そうなんです。ソー老師から耳にタコができるほど言われました」

「おまえの師は他に何か言ってなかったか?」

「他にですか? ええとぉ……」


 エルマは天井を見上げて考えたけれど、なかなか思い浮かばない。その代わりに、前から疑問に思っていたことを思い出した。


「あの、王家の方や竜衛士の方々は、竜目石を受け継ぐことがあるみたいですけど、ソー老師はほんの少しでも共鳴した竜目石でないと、お客さんに売りませんでした」


「共鳴とは何だ? 共鳴するとどんなことが起こるんだ?」


「人と石の相性が良いと、石から光が溢れます! 竜目石の色味にあった光が、こう、ぶわぁっと!」


 エルマは両手を大きく広げた。


「あたしが見た光の中では、アズールから来たセリオスという方が一番でした。あの方が店に現れた途端、青い光が波のように押し寄せて来たんです!」


 思い出しただけで心が高揚してくる。エルマは夢見るようにくうを見つめた。


「セリオスだと? 彼の石はおまえのところで買ったものだったのか!」

「は、はい?」


「そうか。何も聞いてなかったが、ううむ。なるほど。彼の飛竜テュールを呼び出したのは私だ。セリオスから、民間の竜導師に断られたと頼まれてな。貴竜種エウレンの中でも立派な竜目石だった割に簡単に呼び出せたのは、共鳴した石だったからか。

 いや、だがおまえは、ミンツェ王女様の飛竜を呼んだのだろう? あれだって元は王女様の祖母の石だぞ」


 マイラムはほんの少しだけ悔しそうに呻いたが、すぐに探究心にあふれた顔で聞き返して来る。


「そうですね。共鳴はしていませんでした。でもお互いの名前を穏やかに交換できたので、大丈夫だと思いました」


「そうか。名前の交換か。今さら契約のやり直しなどすれば混乱は免れん……が、竜衛士の名を今から飛竜に贈るのは無理だろうか? もし竜衛士との関係が改善できれば、共鳴していない飛竜でも、空に解き放つことは可能だろうか?」


「え……っと、わかりませんが、出来るような気がします」


「よし! では明日、飛竜との関係が比較的良い竜衛士をベックに聞いて、試しに名を贈る儀式をしてみるか?」


 マイラムの言葉に、エルマは大きく頷いた。

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