第34話 マイラムの懸念



 一時いっときの興奮が冷めると、マイラムは急に不安に襲われた。

 エルマによってもたらされたソー老師の教えは、恐らくすべての竜導師を混乱に陥れるだろう。


(特に〝共鳴〟はダメだ……)


 あれを是としてしまえば、自由に竜目石を買うどころか、契約さえ出来なくなってしまう。何より最悪なのは、竜衛士りゅうえじのほとんどが己の飛竜テュールを持てなくなる可能性があることだ。


(いったい何人の竜衛士が、共鳴した竜目石で契約してる? ベック一人か? 冗談ではないぞ!)


 飛竜との付き合い方が間違っていたとしても、王国を守るためには今までのやり方を変えるわけにはいかない。

 王宮の竜導師長を務めるマイラムとしては、そう判断するしかないのだ。


 ただ、契約済みの飛竜に竜衛士の名を贈ることが可能ならば、共鳴にこだわる必要はなくなる。現状では、これが最善の策となるだろう。


(もちろん、上手くいけばの話だ────。これは、ガルムと一緒に、陛下のご判断を仰がねばなるまいな)


 マイラムはすぐさま立ち上がると、武骨な近衛府の建物を出て、中央にそびえる白大理石の城へ向かった。



 〇     〇



 ルース王国の王アルトゥンは、マイラム竜導師長の話を聞いて目を瞬いた。

 向かいの長椅子には、マイラムと並んで近衛府長官のガルムも座っているが、彼もまた、少し後退した白髪頭をガシガシと掻いて心許ない表情を浮かべている。


「そなたの話が本当なら……我らはずっと、間違った方法で飛竜テュールと接していたことになるが……」


「その通りです」


「その娘の言葉が誤りである可能性はないのか?」


「ソー老師は竜導師ギルドのシシル殿の旧知です。それに、王女様の飛竜はすでに解き放っているのですよね?」


「そうであったな。……そうか。ミンツェの石は私の母のものだ。そなたら竜導師が気づかなかったのだから、共鳴とやらは起きていないだろう。とすれば、共鳴は必ずしも必要ないということになるな?」


「はい。ですが、王女殿下の飛竜を呼び出したのはエルマです。彼女の契約では名を交換します。そのせいとも言えましょう」


「ううむ。【共鳴】と、【名の交換】か。わしを含め、我が国の竜衛士りゅうえじたちはそのどちらも行ってない者がほとんどです。確かに飛竜テュールを御するのは難しく、ベックのように仲良くしている者はおりませんが……わしらは飛竜とはそういうものだと思って長年接してきましたからね。それに、マイラムのげんを信じるならば、竜目石を失った竜衛士たちは、品評会で自由に石を選ぶことも出来なくなります。近衛府は混乱に陥るでしょう」


 竜衛士をまとめる近衛府の長であるガルムは、どうしても竜衛士側に立ってものを考えてしまう。ルース王国の竜衛士たちは、少年の頃から飛竜に憧れて近衛府の門を叩いた者たちばかりだ。


「そうだな。それが問題だ」


 アルトゥンは重いため息をついた。


「そもそも品評会は、竜目石を割られた竜衛士のために開くのだ。持ち込まれた竜目石はかなり上質の貴竜種エウレンが多いとも聞く。石を失った竜衛士たちも、早く石を手に入れたいだろう。……だが、もしもその中に共鳴する石があるなら、それを与えてやりたいと思ってしまうが……その共鳴というものは、マイラムでもわかるものなのか?」


「実際に見たことはありませんが、竜目石を探す時、我ら竜導師は石の声を聞きます。それに類するものならば、見えるはずです」


 正直自信はなかった。竜目石を探し歩いていたのは師について学んでいた下積み時代だ。今も石の声が聞こえるか心許ない。光溢れるという共鳴の光も、この老いた目に見えるのだろうか。


「見たことはないのか?」

「はい。残念ながら」


「ならばその娘、エルマといったか? その娘を品評会に同行させ、共鳴している石を教えさせよ。ただし、秘密裏に行うのだ。騒ぎを起こしたくはない」


「はい。エルマはただでさえ……その、流民の娘なのです。この話が公になれば、わが配下の竜導師の中にも、彼女を疎ましく思う者も出てくるのではと」


「うむ。私もそう思う。それに、すべては予測の域を出ていない。はっきりするまでは、マイラム。そなたが前面に出てエルマの名は伏せよ。いや……名だけではないな。ソー老師の教えは外に漏らすな。すべて秘匿するのだ。ギルドにも、シシル殿にも教えてはならぬ。竜衛士にも竜導師にも伏せたまま、すべての検証はマイラムの指揮で執り行え」


「は!」


 王に頭を垂れてから、マイラムは隣に座るガルムに向き直った。


「ガルム殿。見習い竜衛士のベックにはエルマのことは何も話すなと、よく言い聞かせておいてくれ。あいつは非常に口が軽いのだ」


「あぁ~あ。確かに。あいつの口を封じるのは難しいな」


 ガルムは思わず額を押さえた。


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