第26話 新しい仕事


「あのぉ、行くって、どこへでしょうか?」


 エルマはポカンとしたまま、王女付きの侍女ヌーラを見上げた。


「どこって衣料庫よ。あなたは今日から近衛府このえふの所属になるって聞いたわ。近衛府に女物の服があるかは疑問だけれど、私も口添えをした一人なんだし、案内してあげるわよ」


 ヌーラはそう言って笑うと、得意げに胸を張った。


「口添え……あっ、だからあたし、牢屋に入らなくて済んだんですね?」

「牢屋? あなたまさか、投獄されると思ってたの?」


 ヌーラはクスクスと笑いだした。


「ミンツェ様が怪我でもしてたらそうだったかも知れないけど、ご無事だったんですもの、それはないわ。それよりもね、いま近衛府は体面を取り繕うのに必死なのよ。アズールの王子に見られてしまったから、あなたのことを王女様付きの特別な竜導師だって、口裏合わせをする事になったらしいわ。まぁ、そう仕向けたのだけどね」


 面白がっているようなヌーラの横で、エルマの顔はだんだんと青ざめていった。


「王女さま付きの竜導師って……口裏合わせって……そんな恐れ多いこと」


 握りしめた拳が、ぶるぶると小刻みに震えてくる。


「それって、アズールの王子さまが帰るまでですよね? ああ、でも……竜導師長様は、あたしは村に帰れないって。それってやっぱり────」


「大丈夫よ。ミンツェ様があなたを守るって言ったでしょ。あの方はご自分がされた約束は必ず守るわ」


 ヌーラの自信に満ちた言葉を聞いているうちに、ミンツェ王女の顔が頭に浮かんできた。『私が守るから』と言ったときのミンツェはとても凛々しくて、エルマはその言葉だけで心が温かくなった。


「はい、そうですね」


 エルマは笑顔を浮かべてうなずいた。



〇〇



「やっぱり近衛府に女物の服は無かったわね。そんな服で大丈夫?」


 衣料庫からの帰り道、ヌーラは自分のことのようにエルマの服装を心配してくれた。


「大丈夫です。この竜導師見習いの少年服、とても動きやすいです」


 エルマが着ている近衛府の制服は深い緑色の上着とズボンで、食堂の青い服に比べると華やかさに欠けるが、動きやすくて暖かかった。

 衣料庫で着替えるまでは、早朝の飛行のためにヌーラが見繕ってくれた男物の服と分厚いフード付きの外套を着ていたので、それほど違和感はない。


「男の子みたいね。でもまぁ、がんばってよね」


 ヌーラは朗らかに笑うと、中央にそびえる白亜の王宮へ戻って行った。




 近衛府の小さな中庭を囲む回廊にひとり取り残されたエルマは、ぼんやりと立ち止まったまま空を見上げた。


 今日は天気が良い。

 からりと晴れ渡った青い空に太陽が高く昇っている。もう中天に近い。


「もうこんな時間だったんだ。食堂に行かなくちゃ」


 不可抗力とは言え、エルマは昨日の夕食から食堂の仕事をサボっている。

 今日は朝食も食べていなかったけれど、食堂に行くのはとても勇気が必要だった。

 近衛府の建物を出て、恐る恐る食堂の入口まで来てみるが、とても入る勇気が出ない。エルマは悩んだ末に裏口からこっそりと入ることにした。


 昼近くになっていたせいか、食堂は閑散としていて、エルマはすぐにカーラに見つかってしまった。


「あのぅ……無断で仕事をサボってすみませんでした」


 エルマが頭を下げると、カーラの呆れたような声が降って来た。


「無断じゃないわよ。一応話は聞いてたわよ。昨日、王女さま付きの侍女が来たからさ。なんか知らないけど出世したじゃない。近衛府の仕事についたんですって? おめでとう。じゃ、さっさと食べちゃってちょうだい。もう昼の用意に入りたいからさ」


 つっけんどんな言葉と共に、朝食のお盆を渡された。


「あ、ありがとうございます」


 エルマはお盆を受け取ると、もう一度深々と頭を下げた。


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