第25話 マイラム竜導師長
トン、トン、トン────と、マイラム竜導師長の指が机をたたく。
エルマが連れて来られたのは、
窓から明るい空と湖が見えていなければ、牢獄かと勘違いしたかもしれない。
とは言え、今のエルマにとって、この部屋が牢獄だろうとなかろうと大差はなかった。
「なるほど。ベックとの話をヌーラに聞かれて、王女さまの計画に力を貸したのだな?」
「……はい」
エルマは机の向かい側に座り、マイラムの厳つい顔をうかがいながら肩を丸めてビクビクしていた。
「王女さまの侍女からも、そのように聞いている。それが真実なのだろうし、おまえが王女さまに逆らえなかった事もわかる。だがな────」
マイラムは苦しそうに言葉を切ると、太い眉をよせて厳つい顔をさらに険しくした。
「一つ誤れば、おまえは王女さまの命を危険にさらしていたかも知れないのだ。それゆえ、おまえをこのままにしておく訳にはいかんのだ」
「はい」
エルマはうなずいた。自分が罰を受けるという事は、ここに連れて来られる前から覚悟はしていた。けれど、ひとつだけ心配な事がある。
「あの……あたしはどんな罰でも受けます。でも、あたしのせいで、アールや村の人に迷惑をかけたくないんです。お願いします、どうか……」
そんなことをお願いできる立場ではないけれど、一縷の望みにすがるようにエルマは勢いよく頭を下げた。途端、ゴツンと額が机にぶつかった。
「あいたた……」
エルマが両手で額を押さえた瞬間、ぷっとマイラムが噴き出した。
見ると、今まで険しかったマイラムの表情は崩れていて、張り詰めたような空気も消えていた。
「おまえたちが竜の谷村で暮らすようになったのは、養い親が亡くなった今年の春からだと聞いている。おまえは、村の者に差別を受けたりしているのか?」
いきなり話が変わったことには驚いたが、マイラムの目が同情するようにエルマの髪に注がれていたので、聞かれた理由はわかった。
「いいえ。いじめっ子はいましたけど、村の人は優しくしてくれました」
エルマは胸を張って笑みを浮かべた。が、その笑みはすぐに陰ってしまう。
「ただ、村に来るお客さんや商人の中には、あたしと同じような流民の使用人を連れている人がいて……その人に対しては、村の人もみんな冷たいような気がしました。たぶん村の人たちは、あたしがソー老師の養い子だったから優しくしてくれたのかなって……」
「なるほど。だから村人には迷惑をかけたくない訳だな。もうソー老師も亡くなってしまったし」
「はい」
「大丈夫だ。アールにも村人にも何もしない。ただ、おまえは村に帰れないぞ」
マイラムは真っすぐにエルマを見つめた。
「村に……帰れない?」
呆然とマイラムを見返した途端、ブワッと堰を切ったように涙が溢れた。
一生牢獄に入れられるか、悪くすれば死刑になるのかも知れない。王族を危険にさらすことはそれほど重大な罪だったのだ。
『おまえ、今すぐここから消えろ。姿を消せ────死にたくなければここから去れ』
ふいに、青灰色の瞳の青年セリオスの言葉が頭の中に蘇ってきた。
(そうか。あの人は、あたしがこうなるってわかってたから……)
あきらめに似た落ち着きが戻って来て、エルマは涙をぬぐった。
「わかりました」
「大丈夫か?」
マイラムは心配そうな目を向ける。
「はい。大丈夫です」
「そうか。では、正式な決定は先になるが、おまえの身柄は竜導師長である私が預かることになる。当面の間は今いる宿舎で寝起きすればいい。朝食はまだだろう? 食べてからで良い。近衛府の私の執務室まで来なさい。良いな?」
「へ?」
エルマがぽかんとしているうちに、マイラムは椅子から立ち上がり、さっさと部屋を出て行ってしまった。
(どうして行っちゃうんだろう? あたし……牢屋に行かなくていいのかな?)
ぼんやりしていると、ポンと肩が叩かれた。
「エルマ、ちょっとエルマ、何ぼんやりしているのよ? 行くわよ」
振り返ると、ミンツェ王女の侍女ヌーラが立っていた。
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