第24話 王家の事情


 赤々と燃える暖炉のそばに腰かけ、ミンツェ王女は両手を火にかざした。

 早朝の初飛行で凍えた体はとうに温まっていたけれど、心はいっこうに温まらない。


「ミンツェ、いい加減に覚悟を決めろ。おまえがアズールに嫁ぐとこは決定事項だ」


 厳しい父王の言葉も、ミンツェの耳を通り抜けてゆく。

 ここは王の居間で、目の前に座る父王アルトゥンと、隣に座る兄テミルの他に、暖炉から一番離れた長椅子には、今朝の顛末を聞いて来たらしい叔父のユルドゥスが座っている。


「今朝、エドゥアルド王子が会いに来た。おまえに直接求婚したことを報告しにな。 

 おまえの返答がなかったことを気にされていたよ。見知らぬ他国に嫁ぐのは不安だろうから、おまえさえ良ければ、この冬を暖かいアズールで過ごしたらどうかと提案してくれた。気心が知れた供を何人連れて来ても構わぬそうだ。賓客としてアズールに招待すると言ってくれた。もちろん、招待をお受けした。これほど気づかってもらって、いったい何が不服なのだ? この話は断れないぞ」


 ミンツェは火から手を離すと、毅然と顔を上げた。


「わかっています父上。わかってるの。アズールでもどこへでも行くわよ。でも、すぐには嫌!」


 勢いよく言い放って、ミンツェはまた暖炉の方へ向いてしまう。

 テミルはそんな妹を心配そうに見てから、アルトゥン王の方へ視線を向けた。


「気の回しすぎかもしれませんが……エドゥアルド王子は、何か目的があってミンツェを妃にと望んでいるような気がします」


「何を言っているんだテミル。国同士の婚姻に目的の無いものなどあるものか!」


 王は疲れたようにため息をつく。


「もちろんそうですが、それとは別に……」


 テミルは心に浮かんだ不安を父に説明しようとしたが、彼の不安を言い表す言葉は見つからなかった。あまりにも漠然とした不安では父を止めることはできない。

 口を噤んだテミルは、エドゥアルド王子と中庭を散策した時のことを思い出した。



 あの日は、夜中に侵入した賊に竜目石を割られたばかりで、気落ちしていたテミルは、自嘲気味にその話をエドゥアルドにしたのだった。

 元気がない言い訳のつもりで話したのに、エドゥアルドは話を聞くなり、顎に手を添えて神妙な顔で考え込んだ。


『賊……というよりは、何か陰謀めいてますね。私は交易商たちと話をする機会が多いので、近頃は東国からも飛竜テュール絡みの噂はよく聞きますが、あちこちで飛竜が狂ったり、名のある竜目石が割られたりしているそうですね。

 テミル王子の部屋に侵入した賊が、竜目石を盗むのではなく割ったのには理由があるはずです。そう思いませんか?』


 サラサラの黒髪を払いながら、エドゥアルドは女性のようにも見えるその顔に意味深な笑みを浮かべてテミルを見つめた。

 東国の話など知らなかったテミルがぽかんとしていると、エドゥアルドはほんの少し首を傾げて、

『それで……テミル王子は新しい竜目石をさがすのですか?』と、聞いて来た。


『じつは今朝、新しい石を手に入れました。近々、町の竜導師たちが竜目石の品評会を開くことになっていたので運が良かったのです。先んじて手に入れることが出来ました』


『竜目石の品評会、ですか?』


 エドゥアルドは興味津々に食いついて来る。

 テミルはその話の流れで、エドゥアルドを自分の飛竜を呼ぶ儀式に招待することになったのだが────。



「父上、アズールは今まで飛竜を持たない国でしたけれど、エドゥアルド王子は自分の飛竜を欲しがっているように思います。それも、個人的な満足の為ではないような気がするのです」


 テミルがアルトゥン王に目を向けると、彼は呆れたように肩をすくめた。


「やはりおまえが話したのだな。エドゥアルド王子から竜目石の品評会に参加させてくれとせがまれた。あれは竜衛士のための内々の会だったのだが、断る訳にもいかない。仕方なく、ぜひに、と言っておいた」


「それは、申し訳ありませんでした」


 テミルはしおらしく頭を下げる。


「そんなにミンツェのことが心配なら、おまえも一緒にアズール王国へ行けばいい」


「え、僕も……ですか?」


「アズールは友好国だ。末永く、友好国でなければならぬ。アズールの手を離す時は我が国が滅ぶ時だと肝に銘じておけ。良い機会だ。アズールの繁栄をその目で見て来い」


「はい、父上」


「エドゥアルド王子は新年を待たずに、品評会が終わったら帰国される。おまえたちも旅の準備をしておけ」


 アルトゥンは疲れたように立ち上がると、そのまま部屋を出て行った。


「ミンツェ、僕たちも部屋に戻ろう。きみは少しでもいいから、何か食べた方がいい」


 テミルは両手でミンツェの肩を抱いて立ち上がらせると、うなだれたままのミンツェの背中を押すように歩き出した。


 扉を背にした長椅子にゆったりと足を組んで座っていたユルドゥスが、二人に目を向けている。

 テミルが会釈をして通り過ぎようとした時、ユルドゥスが口を開いた。


「ねぇミンツェ。きみの飛竜を呼び出したという娘は、今どうしているんだい?」


 ユルドゥスの声を聞いたミンツェは、弾かれたように顔を上げた。

 自分のことで精一杯で、今の今までエルマのことなど忘れていた。


「わ、私……行かなくては。あの子を守るって、約束したのよ!」


 今にも走り出しそうなミンツェを、テミルが止めた。


「大丈夫だよ。さっき竜導師長のところにヌーラが飛んで行った。悪いようにはしないはずさ。それより、今は自分のことを考えろ」


「お兄さま……」


 ミンツェは眉をよせたまま苦しそうにテミルを見上げる。


「ふぅん、竜導師長の所にいるんだ。なら、私がきみの代わりに見て来てあげるよ」


 ユルドゥスがにっこり笑って立ち上がる。

 テミルがふり返ると、ユルドゥスは意味ありげな笑いを投げかけて、そのまま部屋を出て行った。


「叔父上の笑顔を見ると、どういう訳か不安になるな……」


 思わずつぶやくと、ミンツェが不思議そうな顔をする。


「お兄さま?」

「何でもない。行こう」


 二人は連れ立って王の居間を後にした。


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