第23話 求婚


「待て! 射るな! あれはミンツェだ!」


 テミル王子の声が聞こえた途端、エドゥアルドは護衛を押しのけて天幕の外へ飛び出した。

 小島の端に舞い降りた飛竜から、小柄な人物が降りてくる。

 朝陽に照らされた霧で視界が効かない中、エドゥアルドはその人影を食い入るように見つめた。


 飛竜から下りて来た人物は、男物の服の上から分厚い外套を着ているが、確かに女性のようだ。ほっそりとした小柄な体形は隠せない。

 彼女がフードを後ろにはねのけると、艶のある黒髪に縁どられた白い顔が見えた。


「ミンツェ、おまえ、何をしているんだ!」


 テミルの声が飛んだ。


「お兄さまの飛竜を見に来たのよ」


 ミンツェの大きな黒い瞳が、朝日にキラキラと輝いている。まだ幼いが、魅力的な少女だ。何より飛竜に乗れる。


 エドゥアルドは心を落ち着けようと目を閉じたが、閉じてもなお自然と笑みがこぼれてくる。

 何度も深呼吸をして心を決めると、立ち尽くす近衛士たちの間を縫うように歩き出す。


 エドゥアルドはテミルの横に並んだ。


「ようやくお会いできましたね、ミンツェ王女。私はアズールの第一王子、エドゥアルドです」


 エドゥアルドは素早くミンツェの手を取ると、その場に跪いた。


「ミンツェ王女。飛竜に乗るあなたは、まるで天から舞い降りた神の使いのようでした。どうかわたしと結婚してください」


 囁くようなエドゥアルドの言葉に、ミンツェは凍りついた。


(そんな馬鹿な……)


 たおやかな女性に見紛うほど麗しいアズールの王子。彼は、ミンツェのようなじゃじゃ馬は好まないはずだったのに。

 いかずちが大地を射るような衝撃で、ミンツェは自分の計画が逆効果だったことを思い知った。



 〇     〇



 ミンツェが飛竜から降りた後、エルマは王子たちからは見えない湖側へ滑り降りた。飛竜の影にこっそり隠れて事が終わるのを待っていたのだが────。


「おい、おまえ」


 頭の上から降って来た声にビクッと肩を震わせて、エルマは顔を上げた。見ると、両手を腰に当てた近衛士が、怒ったような顔でエルマを見下ろしている。


「ど……どうか、お許しを」


 エルマがその場に這いつくばると、外套のフードが乱暴にはぎ取られた。


「やっぱりおまえだ。〈雲竜堂うんりゅうどう〉にいた娘だろう?」


「へ?」


「へ、じゃない! 俺だ。覚えてないか? ひと月ほど前、おまえの店で竜目石を買ったアズール人のセリオスだ」


「えっ?」


 エルマは恐る恐る顔を上げた。名前は記憶になかったが、艶のある黒髪と青灰色の瞳、そして貴族のような整った顔には見覚えがあった。


「あっ、あなたは! あたしの青い石を買ってくれたお客さん!」


「そうだ。おまえはどうしてこんな事に……いや、そんな事はどうでもいい。今すぐここから消えろ。姿を消せ!」


 セリオスは無茶苦茶なことをエルマに言う。


「消えろと言われても、ここは島だし……あたし、泳げません!」

「はっ? とにかく、死にたくなければ急いでここから去れ!」

「ええっ」


 エルマはそっと湖面に目を向けた。冷え冷えとした暗い湖面には白い霧が漂っている。


(冬の湖に飛び込んだら、例え泳げても死ぬのに……)


 今にも口から出そうだった言葉は、見覚えのある男の出現で引っ込んでしまった。


「セリオス殿。この娘とお知り合いですか?」

「竜導師長様……」


 セリオスは、みるみるうちに勢いを失くした。


「さて」


 竜導師長はエルマに目を移す。


「おまえには、もう一度話を聞かなくてはならないようだな」


 竜導師長のマイラムは、厳つい顔をさらにしかめてそう言った。


 今度こそ、本当に罰を受けるに違いない。王女さまは守ってくれると言ったけど、やっぱり無理だったのだ。


「あぁぁ……」


 情けない吐息が口から洩れる。

 エルマは竜導師長を見たまま、観念したようにゆっくりと目を瞑った。


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