第20話 ミンツェの飛竜(テュール)


 昨日と同じ昼食後の休憩時間に、エルマはミンツェ王女の部屋に来ていた。


 前に来たときは周りを見る余裕もなかったけれど、ミンツェの部屋は金色の取っ手がついた白い家具や、見たことのないほど立派な装飾品が飾られていた。

 ピカピカの白い大理石の上には白い毛皮が敷かれていて、まるで別世界にいるようだった。


 エルマは長椅子の上に、ミンツェ王女とヌーラの間に挟まれるように座っていた。


「いいこと? 決行は明日の朝よ。明日の早朝、お兄さまの飛竜テュールを呼ぶために、竜導師長たちはお兄さまと湖の小島まで行くの。エドゥアルド王子も、お兄さまと一緒に行くんですって。ね、最高でしょ?」


 ミンツェが立てた計画は、こうだ。

 エルマが呼び出した飛竜にミンツェが乗り、エドゥアルド王子たちのいる小島まで飛んで行き、ミンツェ王女のお転婆ぶりを見せつける。


「私たちは王宮の裏庭で飛竜を呼び出して、お兄様が飛竜との契約を終える頃合いを見計らって、小島まで飛んで行くのよ。遅れては意味がなくなってしまうから、私たちはお兄さまたちが城を出るタイミングで飛竜を呼ぶの」


 ミンツェは満足そうな、不敵な笑みを浮かべている。


「あ、あのぉ……」

「なぁに、エルマ?」

「王女様は、そのぉ、飛竜テュールに乗ったことはあるんですか?」


 エルマは遠慮がちに尋ねてみた。確か、危ないことはしてはいけないから、乗ったことがないと言っていたはずだ。


「いいえ。ないわ」


 ミンツェはきっぱりと言いきった。


「昔はみんな飛竜テュールに乗っていたらしいけど、最近では乗る方が珍しいのだもの。昨日も言ったけれど、私たち王族は危険な行動をしてはいけないのよ。いつも気楽な叔父さまは、よく諸外国漫遊の旅に飛竜であちこち出かけているけれど、あれは例外よ」


「では、飛竜を呼んだあと、王女様は小島まで飛べるんですか?」


 エルマがそう尋ねると、ミンツェは一瞬動きを止めた。ヌーラと二人で顔を見合わせている。


「それは、考えてなかったわ」

「ええっー!」


 エルマは椅子から転がり落ちそうになった。


「それじゃ危ないですよ。やめた方がいいですよ。もし飛行中に落ちたら大変なことになりますよ!」


「ダメよ! 絶対に中止しないわ。エルマ、あなたは飛竜に乗ったことはないの?」


 ミンツェは頬を上気させて、可愛らしい唇をとがらせた。


「それは、少しなら、ありますけど……」

「では、エルマは私と一緒に飛竜に乗ってちょうだい」

「えっ、そんなの無理ですよぉ。他に手伝ってくれる人はいないんですか? あたし一人じゃ、騎乗用の鞍をつけるのも無理ですよ!」


 エルマが必死に訴えても、ミンツェ王女は少しも動じない。


「鞍……そうよね。鞍が必要よね。それに、男物のズボンも必要だわ。エルマ、あなたはズボン持ってる?」


「持ってませんよぉ」


「ヌーラ、エルマに男物の服を用意してあげて。それから、鞍よね。どうしようかしら?」


 ミンツェは腕を組んで考え込んでいる。


「ミンツェ様、竜衛士から借りてはどうでしょう? ほら、エルマと話していた衛士なら、協力してくれるかも知れませんわ」


「そうね。では、鞍はヌーラにまかせるわ。私の名前を使っていいから、その衛士も明日の朝必ず裏庭に来るように命じてちょうだい」


「はい、ミンツェ様」


 エルマをそっちのけで、どんどん話が進んでゆく。しかもミンツェ王女たちは、ベックまで巻き込もうとしている。


(どうしよう……)


 エルマはぎゅっと目をつぶった。

 ベックなら、ミンツェ王女に命じられなくても協力してくれるだろう。エルマが王女の飛竜を呼び出すなんて知ったら、喜んで来るに違いない。

 エルマの力を認めてくれる気持ちはとても嬉しいのだけれど、ベックが絡むと騒ぎが大きくなりそうで、正直なところ不安しかない。


「ああそうだわ。エルマ、あなたは今夜、ヌーラと一緒にここに泊まってちょうだい。時間に遅れてしまったら、せっかくの計画が台無しになってしまうからね」


 ミンツェ王女はにっこりと笑った。

 それぞれの運命を変える一日が、わずか数時間後に迫っていた。

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