第三章 運命の一日
第21話 決行
翌日。
まだ太陽の光も射さぬ早朝に、エルマは四色の護り石を裏庭に置き、ミンツェの
薄藍色の空の下、湖面を漂う白霧を吹き飛ばす勢いで降り立った飛竜を、ミンツェは息を止めたまま見上げた。
飛竜は薄緑色の身体に金色のたてがみが美しい、まだ若そうな飛竜だ。
「あなたの名前はシャルク。シャルクよ!」
瞳を輝かせながらそう呼びかけるミンツェ。
少し離れた場所で待機していたヌーラが、エルマの耳元に囁いた。
「思っていたよりも簡単なのね」
「そうですか?」
エルマが首を傾げると、ヌーラはうんうんと何度もうなずいてくる。
「お城の竜導師が飛竜を呼び出すのを見たことがあるけど、もっと大仰で難しい儀式だった気がするの。エルマのは簡単で、本当にびっくりしたわ」
「はぁ」
そう言われても、エルマがソー老師から教わった儀式はこれだけだ。逆に、お城の竜導師はどんな儀式を行うのだろうかと疑問が浮かぶ。
エルマはヌーラが用意してくれた男物の黒いズボンに黒い騎竜用のブーツ、それに厚手の黒い外套を着込んでいた。少し大きいのでだぶつくが、防寒性は十分だし丈夫そうだ。
飛竜に名を贈ったまま動かないミンツェに、エルマは近づいていった。
「あのぉ、王女さま。
「ああ、そうだったわね。私はミンツェよ。よろしくね」
ミンツェは飛竜に向かって優雅にお辞儀をした。
「さぁ、鞍をつけますよ」
ベックが鞍を担いでしゃしゃり出て来る。エルマの予想どおり、ベックは大喜びで協力を申し出たそうだ。
いそいそと
薄緑色の飛竜は大人しく鞍を着けさせているが、この飛竜に乗ったら、もう後戻りはできない。無事に済んでも、罰せられるかもしれない。
(自分のことだけなら、こんなに悩まないのに)
自分の行いが、アールや竜の谷村の人たちに迷惑をかけてしまうのではないか。そう考えるとますます胃が痛くなる。
王都へ来てほんの数日で、エルマはミンツェ王女と知り合い、彼女の計画に巻き込まれた。相手はこの国の王女様で、エルマに拒否権はなかった。
でも、無理やり協力させられている訳ではない。エルマの心の中には、ミンツェに協力してあげたいという気持ちもある。
ミンツェは、エルマのことを流民の子と蔑むこともなく、まるで対等の人間のように話をしてくれた。
一夫多妻制の国に嫁ぎたくないと言った彼女の気持ちはよくわかるし、自らの運命と戦おうとしている彼女の力になってあげたいとも思っていた。
「────見て! 小島に飛竜が舞い降りてるわ!」
ミンツェの声につられて湖上に目を向けると、青白い光の中に大きな飛竜が舞い降りてゆくのが見えた。
湖上にかかる白靄の中に降りて行く飛竜の姿は、夢のように幻想的で美しかった。
「エルマ、行くわよ!」
「はい、ミンツェさま」
エルマは覚悟を決めて、薄緑色の飛竜に近づいた。
(アール、ごめんね)
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