第16話 ミンツェ王女の計画


 仮病を使って絶賛引きこもり中のミンツェ王女は、部屋の窓から外を眺めていた。


 眼下に広がる中庭には、針のように細い深緑色の葉を茂らせた常緑樹が、円を描くように植えられている。その木々の間をゆっくりと歩いているのは、兄のテミルとアズールの王子、エドゥアルドだ。


 仮病の妹に変わってエドゥアルドをもてなしている兄は、祖父から譲り受けた竜目石を失ったばかりだというのに、今日も案内役を買って出てくれている。


「困ったわ」


 兄のためにも、早くエドゥアルドに嫌われる策を考えないといけないのに、どうにも上手い考えが浮かばない。

 テミルに申し訳がなくて、ミンツェは無意識に親指の爪を噛んだ。


「王女様、爪を噛んではいけませんよ!」


 厳しい声に振り返ると、侍女のヌーラが立っていた。同い年のヌーラは貴族の娘だが、ミンツェの幼なじみでもあるから容赦がない。


「ヌーラ」


 ミンツェはバツが悪そうに、口元に触れていた手をゆっくりと下ろした。


「その様子では、まだ良い考えが浮かんでいないのですね?」


「ええ、そうよ。剣や弓の試合を挑もうか、陸竜ムースに乗って庭を駆け回ろうかなんて考えてみたけど、あの人に嫌われるためにはもっと凄いことをやらなきゃダメだと思うの」


 ミンツェが腕を組んで考え込むと、ヌーラは不敵な笑みを浮かべた。


「お役に立つかはわかりませんが、先ほど、面白い話を小耳に挟んで来ましたわ」


 ヌーラの目がキラリと光る。


「面白い話? 何よ、早く聞かせて!」


 ミンツェが窓辺から離れて長椅子に座ると、ヌーラはためらう事なくミンツェの隣に腰かけた。


「近衛士の食堂の近くを通りかかったとき、ちょうど食堂の裏で、給仕係の娘と衛士が話していたのです。その衛士の話から推察するに、その娘は竜導師の資格がないのに、その衛士の飛竜テュールを呼んだそうなんです。衛士は娘の力を惜しんでいるようでした。資格がないなら認めさせればいいと言っていました」


「なんですって?」


 ミンツェはヌーラの顔を穴が開くほど見つめた。


「その給仕係の娘は、飛竜を呼べるって言うの? 資格もないのに?」


「はい。詳しいことはわかりませんが、彼らの話を聞いた時、これだって思ったんです!」


 ヌーラは瞳をキラキラさせてそう言った。


「確かに、その話が本当なら面白いわね。そうね、直接話を聞いてみたいわ。ヌーラ、その娘をここへ連れて来てくれない?」


「かしこまりました!」


 ヌーラは満面の笑みを浮かべて立ち上がった。



 〇     〇



 昼食後の休憩時間、エルマは食堂裏の芝生に寝ころんでいた。


「エルマー。エルマ、どこにいるの?」


 カーラの声が聞こえて来た。

 エルマは慌てて起き上がると「ここでーす。今行きまーす」と返事をした。

 急いで表側に回ってゆくと、見知らぬ女の人を連れたカーラと出くわした。


「ああエルマ、あんたにお客さんだよ」


 カーラの横にいたのは、光沢のある美しい衣を着た侍女だ。


「お客さん?」


 エルマが首を傾げると、見知らぬ女の人は笑顔を浮かべて上品に会釈した。


「私はミンツェ王女様付きの侍女、ヌーラよ。あなたに少し聞きたいことがあるの。一緒に来てちょうだい」


「ええっ!」


 エルマはあんぐりと口を開けた。

 王女さま付きの侍女さまが、いったい何の話だろう。そもそもなんであたしを知っているのだろうかと、エルマの頭の中はぐちゃぐちゃに混乱した。


「食堂の許可はとってあるから、とにかく来てちょうだい」


 ヌーラはおろおろしているエルマの腕をむんずと掴むと、否応なしに引きずってゆく。

 助けを請うようにカーラを見つめたが、カーラはツンとそっぽを向いて食堂に戻って行ってしまった。


  

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